第25話 懲罰(2)

文字数 2,018文字

 信長から仙千代、清三郎の話を聞いた信重が、
沙汰の案を述べると、信長は一発で了解した。

 たまたま居合わせていた鷺山殿も、

 「良い落としどころやもしれませぬな」

 と笑みを浮かべた。

 特に信長の笑いは止まらない。

 「若殿が左様な御方だとは思いもせなんだ。
幼名の通りの御人柄。奇妙丸とは、よく言ったもの。
流石、我が嫡男。家督をお譲りする日も近いのう」

 「何を仰います。
初陣をただ一度済ませただけの若輩者、
血煙すら浴びたことがございませぬ。
殿にはこれからもお教えいただくことばかりにて」

 「いやいや、愉快。若殿は実に面白い。
特に一石二鳥の合理性、この父にそっくりであらせられる」

 「恐悦至極にございます」

 信長は上機嫌で信重の部屋を後にした。

 鷺山殿も笑顔が続いている。
そして、ふっと涙を滲ませた。

 「母上様、如何なさったのです」

 「年を取ったのか、少々涙もろくなってきました。
つい先だってまで、
殿の一言一句に反発されておられた若殿が、
今はあのように殿と談義を交わされて……」

 泣き笑いの養母(はは)に、信重は胸の疼きを覚えた。
他でもない、この岐阜城で、実の父と実の兄が争って、
最後は兄が父と実弟二人を殺害という宿命に生きた養母だった。
事あるごとに信長に反抗していた信重を、
鷺山殿がどのような思いで見ていたか、
あらためて知り、申し訳なさで切なくなる。

 「交戦こそ、ありはしませんでしたが、
戦場(いくさば)の空気に触れ、おのれの未熟さ、無知蒙昧に、
恥じ入るばかりの北近江での日々でした。
策戦の的確な立案ぶり、諸将への威厳の示し方、
すべて身をもって殿が御教授してくださいました。
これからも殿を敬い、多くを学ぶ所存でございます」

 鷺山殿の嬉し涙に、今度はちょっと照れ臭くなり、

 「母上様、お化粧が崩れますよ」

 と揶揄うと(からかうと)

 「まあ、意地の悪い。そこもいくらか殿に似られましたね」

 と、最後は笑った。

 一人になった後、信重は大の字になり、
窓の外の暮れなずむ空を見た。

 仙千代らしい……
やっぱり仙千代じゃ……
性根の朴直があいつら、怠け根性の連中を許さなかった……
清三郎も、危ういところを救われた……
いつも大人しいだけ、
いざとなると清三郎も何をしでかすか……
そこを仙千代が救ったか……

 仙千代が川へ降りる堤で蛇を退治した時、
身動きできず立ち竦んでいた(すくんでいた)信重に、

 「どうぞ!」

 と陽を背にした逆光の中で手を差し出して、
何故こちらに来ないのかと首を傾げてみせた表情が鮮やかに蘇り、
仙千代への想いが熱く胸を満たす。
確かに無鉄砲で直情に過ぎるきらいはあるが、
それが仙千代だった。

 清三郎に嫉妬しないでもないであろうに……

 とも思う。
仙千代の眼差しには、信重への未練が見て取れて、
信重もそれに気付けば、駆け寄って、
いつでも何百、何千回と詫びたい思いが湧き上がってくる。

 しかし、もう別々の道を歩き始めた二人であって、
今更になり、手を差し伸べることもできはしない。

 清三郎と褥を共にすればその間は寂しさを忘れるが、
清三郎は清三郎で、
何を思っているのかと考えないわけでもない。
完全な主従関係で、小姓として召し上げて、
直ぐに閨房に引き入れた。
信重が衆道初心者なら清三郎もまた然りで、
そういう意味では合っていて、試行錯誤でもないが、
色々発見があることは清三郎も楽しんでいるようだった。

 先ほど信重が信長に提案した今回の諍いについての沙汰は、
実は少々面白半分で言ってみたものだった。
 それを父はすんなり受け入れた。
沙汰を受け、やらされる側は、
現実には、たまったものではないかもしれないが、
よくよく中身を吟味してみれば、大甘といえば大甘で、
最も得をするのは仙千代だった。
 それを信長は大喜びで引き受けている。

 どれほど仙千代に甘いのか……

 という話だった。
そこからも、
父の仙千代への寵愛ぶりが強さ、深みを増すことはあれ、
当面、弱まったり、薄まったりすることはないと、
信重に知れた。

 瓢箪から駒の冗談のような案ではあったが、
結果的には、それで良かった……
仙千代と清三郎は実態として被害者、
小知恵を働かせ素手で応じたあの連中は、
これからもどうせ役には立たず、害でしかない……
仙千代と清三郎を取るか、
害虫を飼っておくのかというだけの話、
二人を助け、害虫退治ができれば一石二鳥……

 城主は法で、いかに理不尽であろうとも、
その決定は絶対だった。

 家格が低いとみて、仙千代を馬鹿にしたのが運の尽き、
馬鹿が天に唾したという話か……

 信重は命運が閉じられた三人に同情しなかった。
小さな小姓の世界で好んで問題を引き起こすような輩は、
いずれ、役に立たないことは明白で、
むしろ、末は害毒となる。
戦場(いくさば)で背から討たれでもしたら総軍崩れとなりかねない。

 良い具合に厄介払いだ……
部屋住みでも寺小姓でも、やるがいい……

 理不尽な難癖を今までも誰彼なく付けてきたに違いない
三人の追放が叶い、信重はむしろ、せいせいしていた。


 

 

 



 





 
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