第234話 竹丸の道(1)

文字数 1,855文字

 日根野弘就(ひねのひろなり)の件を話し合う為、
茶室に君主一家が籠った日の夜、
仙千代は「ちのみち」の意味を竹丸に尋ね、
答を知ると、

 それを男子たる我らの前で仰る殿も殿、
流石に殿が悪い……

 と、信長の感性の大雑把さに呆れると同時、
子を為すにはどのような行為をすれば良いか、
既に知ってはいても、
詳細は依然、空想だけで、
女体の仕組みに未だ疎いことに気付き、

 近々しっかり学ぼう、
御医者に習えば良いのか、
いや、書物を取り寄せるのか、
いやいや、母上か姉上に手紙(ふみ)を出し、
正確なところをお教え願いたいと
お尋ねすれば良いのか、
いや、やはりそれも違う、
ああ、でも何やらモヤモヤする、
衝撃ではあったが、モヤモヤもする、
このモヤモヤは何なんだ?……

 仙千代が堂々巡りに陥って、
何故か頭に血が上り、ぼーっとしていると、

 「仙?顔が赤いぞ。どうかしたのか?」

 と竹丸が額に手を当ててきた。

 竹丸は、
領国の街道整備を任された四人の奉行に付き従って、
現場へ出ることを許されたので、
最新の地図と古地図を比べてみたり、
関係の書物に目を通したり、
常の小姓務め以外にも忙しくしていた。

 文机に向かう竹丸が筆を走らせている隣で、
覗き見するでもなく覗き見していた仙千代に、

 「ふむ、熱は無いな。それにしても顔が赤い」

 と竹丸は訝しんだ(いぶかしんだ)

 「竹なれば言うが、
女体の神秘を思ったら何故なのかカッとした」

 男女の交合を描いたような絵草紙が
小姓達の間で出回ると、
仙千代も見ないではなかったが、
現実感に乏しい上に、
信長との褥の方がよほど刺激の強いことをしていて、
むしろ、今回初めて知った血の道、
つまり女人の子を産む生理的機能を知って、
上手く言えないものの衝撃にも似た感銘を受け、
少しばかり現実的に、

 ああ、儂も子が欲しい、
殿が若殿のような御子様に恵まれたように、
儂も子を持ってみたい、いつか……

 と夢想し、何なのか、火照ってしまった。

 「なあ、竹」

 竹丸は、伴天連が信長に献上した、
異国の「数学」なる学問の書の写しを持っていて、
その算式に従って、
和算ではない方法で問題を解いている。

 「うん、何だ」

 「なあ、竹。竹丸」

 「だから何だ」

 「竹は好いた女子(おなご)は居らぬと言うたが、
いずれ、(つま)を娶るであろう?」

 「まあな。それはそうだ」

 「どのような女子が良いと思う?
今、この城に居られる犬姫様、
市姫様のような方々か?」

 それら二人の姫は共に信長の異母妹(いもうと)で、
織田家の人々に共通の白い肌、整った面立ちをして、
また唇に紅を一筋ひくだけで化粧映えも華やかに、
美しさの際立つ姫君達だった。

 「織田家の姫君というだけで腰が引ける。
あの方々は描かれた絵のようなもので、
とても我が身に引き寄せて考えることなど出来ぬ。
観世音菩薩のようなものだ」

 「まあなあ。確かに」

 「儂の室は、顔があって、目が二つ、
鼻があって、話せる口があれば、それでいい。
賢く明るく心根が善ければ尚いいが、
まあ、多くは望まぬ」

 「ふうん」

 「何故、左様なことを?」

 「儂らも数年すれば室を持ち、
子に恵まれておるかもしれん、
そのわり、女子と触れ合う機会は滅多に無い。
ふとそう思ったんじゃ」

 性的に早熟なのか、晩生なのか、
仙千代自身、分からなかった。
 十三で信長の褥に召され、
数多の夜を過ごしてはきた。
 だが、世の中の半分は女子だというのに、
仙千代や竹丸の周りに恋愛対象としての異性は居らず、
小姓同士の好いた腫れたが厳禁なら、
城中の女と小姓が関係を持つことは、
尚更、禁忌とされていた。
 とりわけ、
主君の閨房に入る小姓は身綺麗でなければならず、
万が一にも、
主に性の病を伝染すことがあってはならない。

 「好いた女子が出来れば仙には必ず教える。
楽しみにしておれ」

 複雑そうな問いに取り組んでいる竹丸から離れ、
仙千代はその横で大の字になり、
目を閉じた。

 身体の火照りは微かにまだ残っていて、
瞼の裏には信忠が浮かんだ。

 若殿がお迎えになられる姫は、
果たしてどのような御方なのだろう?
 武田の松姫?
有り得なくもない……
 織田家が武田を飲み込むことがあるのなら、
姫は若殿の御正室の身分に戻られて、
若殿の御子様をお産みになられるのやもしれぬ……
 若殿は、
松姫様をけして忘れてはおられぬはず……
 そんな若殿が好きじゃ……
今も若殿を儂は好きなんじゃ……

 松姫にあれほど嫉妬したはずであるのに、
自分もいつかは室を得て子を為すと思えば、
妬みは消えて、ただ、信忠への思慕が残った。
 目の前に居ても信忠は憧れのまま、
仙千代には遠い存在だった。

 

 

 

 

 



 



 







 

 





 

 


 



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