第279話 九条家での祝宴

文字数 1,329文字

 信長が足利義昭を庇護していた間、
播磨国 龍野城主 赤松政秀の娘 さこ姫を信長は養女とし、
義昭に輿入れさせた。
 義昭とさこの間には男子が生まれ、
義昭に正室が居なかった為、
その子 義尋(ぎじん)が嫡子とされたが、
信長に反旗を翻し、
敗北を喫した義昭の許から母子が美濃へ身を寄せたので、
信長は二人を保護し、
義尋を将軍に据えようとした。
 朝廷は信長の力が強大化することを恐れ、
義尋を義昭の後継として認めようとしなかった。
 義尋は一歳という年齢で、出家させられた。

 一年半の時が過ぎ、
さこに新たな縁組が決定し、
嫁ぎ先は公卿の最高位の家柄 摂関家の九条昭実(あきざね)だった。
 天正三年三月二十八日、
昭実とさこの祝言で信長は九条家に招かれ、
仙千代も従った。

 昭実の名は足利義昭の偏諱を受けてのものだった。

 さこの方(さこのかた)は播磨の姫君としてお生まれになり、
上様の養女となって将軍家に嫁ぎ、
上様と足利将軍が決裂した後は、
赤子の義尋様と離れ離れとなって、
此度は、
足利将軍と親しく(ちかしく)していた九条卿に嫁せられる……

 目出度い(めでたい)佳き(よき)日に、
そのような感慨を抱くことは、
信長の近習として、
褒められたことではないのかもしれないが、
感傷を捨てきれない仙千代だった。

 さこの方が今度こそ、
この九条家で幸せになられますように……

 季節は梅から桜へと時を移していた。
公卿の雅な館の桜は壮大華麗な岐阜城の桜とは、
また異なった趣があるように思われた。
 
 祝宴は、織田家側として、
村井貞勝、丹羽長秀、塙直政、明智光秀ら、
畿内に城や領地を持つ重臣達が席を占め、
仙千代は堀秀政や竹丸と共に控えの間にあった。

 本日の御供衆(おともしゅう)にも料理と酒が振る舞われ、
仙千代は有り難く頂戴した。

 「見た目は良いが味が無いな(にゃーな)

 今では一端(いっぱし)の馬廻りとなった彦七郎が、
つまらなさそうに若竹を口に運んだ。
 馬廻りの上席である秀政が、
彦七郎と彦八郎の朗らかで潔い性分を好いて、
信長の親衛として何処へも伴わせている。

 「上様も仰せであるが、
我らのように、よう動く者は塩気が要るで、
御公卿様達(おくげさまたち)とは暮らしが違うでよう」

 酒が入って口が軽くなった尾張弁の彦七郎を、
秀政が窘めた(たしなめた)

 「まったくもって同意だが、
その続きは帰り道で聞こう」

 彦七郎はここが何処かを思い出し、

 「やや、申し訳ござらん。失敬仕った」

 と、赤らんだ顔で言った。

 弟の彦八郎も居て、

 「兄者(あにじゃ)、お造りの鯛が絶品ですぞ。
酢生姜でいただくと、頬が落ちまする」

 「彦八郎は何を食しても必ず美味いと言うでなあ」

 と言った彦七郎は鯛を食べると、
目を丸くした。

 「今回ばかりは、まっこと、美味あ(うみゃあ)!」

 「で、ありましょう!」

 兄弟のやり取りに場が和み、
皆、酒が進んだ。

 「そういえば、今日は目出度い話がもう一つ」

 と、秀政。

 「目出度い話?」

 と、秀政を見た、ほぼ下戸に近い竹丸は、
出先であることを考えてか、
酒は舐める程度にしていた。

 「こちらへ出立する前、
その吉報が相国寺へ届けられたのだ」

 相国寺は信長の宿舎となっている。
今朝の仙千代は、公家の中でも、
古式典礼に詳しいという昭実の祝言に信長が出るというので、
祝いの金品や束帯一式を正しく準備する等、
若輩の小姓達に忙しく指示をして、
吉報の件は知らないでいた。


 


 



 

 

 


 




 

 
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