第68話 信忠の閨房(1)

文字数 1,205文字

 信長が上洛し、およそ一月(ひとつき)が経っていた。
この(かん)に梅が咲き、散り、桜が咲いて、また散った。

 石山本願寺の挙兵はあったが、総じて戦況に大きな変化はなく、
信忠は岐阜の城で北や東からの武田勢を警戒しつつ、
夏の出陣に向けての準備をする日々だった。

 信忠が閨房に召し寄せているのは三人で、
三郎、清三郎と、あと一人は、
加納へ鷹狩りに行った際に休んだ土豪の家の次男で勝丸といった。
 信忠は誰かだけを多く呼ぶことはせず、
ただ順番だった。
皆、大切な小姓で可愛いのだが、少しづつ物足りない。
とはいえ、陽気な三郎、寡黙ながら甲冑に詳しい清三郎、
利発な勝丸と、個性の違いは面白かった。

 その三人で父から付けられていた小姓は三郎で、
ぽっちゃり丸顔で食欲旺盛、しょっちゅう腹を下していた三郎は、
笑い合って過ごすには良い相手だが、
丸狸のような見目は実は信重の好みではなかった。
 しかし、父から気に入りの小姓を持てと責っ付かれ(せっつかれ)
口から出まかせで三郎の名を出してしまい、
時折同じ部屋で休んでいるうち、そのような関係になってしまった。

 泳ぎを覚え、金槌を克服し、
節制の甲斐があり下痢は治まって以前より痩せた三郎だが、
やはり未だ、満月三郎だった。

 あと少し、もう少し痩せたなら、
三郎もずいぶん美しいのだがな、面立ちは……

 半身を合わせ、
信忠を切なさそうに見ながら喘ぐ三郎は、
肩も胸も腹もふっくらとして触り心地はポチャッとしていた。

 「若殿、若殿」

 局部を扱いて(しごいて)やると「若殿」を連発するのが
可笑しくて、つい苦笑が出る。

 「何故、お笑いになるのです、はあはあ」

 「若殿以外の言葉を知らぬのが笑える」

 一旦離していた手を再び触れると、

 「あっ、若殿、若殿!ああー、若殿」

 と案の定、連発する。

 「で、あろう?」

 また手を休め、言うと、

 「おやめになられては困ります」

 と、拗ねた(すねた)

 「では、若殿と言ってはならぬぞ」

 「ええっ、そんな。何と申せば宜しいのでしょう」

 「若殿以外の台詞を申せ」

 「困りました。
あの時は、若殿という言葉で頭がいっぱいになるのです」

 「ならぬ。若殿若殿は聞き飽きた」

 「左様に仰いましても、」

 「ならぬ」

 「困ります」

 「分かった。では逆に、若殿と言う以外、申してはならぬ」

 「ああ、若殿!若殿お!」

 結局、三郎の「若殿」攻撃を耳に受け続け、

 寝ても、夢で叫ばれそうじゃ、若殿、若殿と……

 と信忠は思いつつ、三郎を昇天させてやった。
信忠自身は先にもう果てていて、
三郎への果実は後になった格好だった。

 すっきりした表情になった三郎が、信忠に、

 「ありがとうございます」

 とニッコリした。信忠も笑顔で返した。
このような三郎は嫌いではなかった。
水難事故以来、何やら兄弟か子のような気がしてならず、
褥で全裸で共に過ごすと時に奇妙な感慨が湧く。
だからこそ、馬を速駆けさせた後のような爽快さは、
自分と三郎の仲には合っていると信忠は思った。



 
 
 




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