第165話 河内長島平定戦 二人の小姓

文字数 850文字

 病み上がりで、
癒え切ったとは言い難い仙千代が竹丸と共に、
手際よく準備を進めていることに信長は、

 「仙千代は休んでおれ」

 と口に出掛かったが、ぐっと黙った。

 それを命じて、
言うことをきく仙千代ではないと知っていた。
 また、そのような仙千代であれば、
信長の思いは乾いた。
そうではない仙千代であるととうに熟知しているからこそ、
寵愛が深まりこそすれ、減じることはなく、
ここまで来たのだった。

 前日寝所に召され、一夜をすごした小姓が、
いざ策戦遂行という当日に療養をして、
臥所(ふしど)に付いているなどあってはならず、
万一そのような振舞をすれば、
家中で二度と誰にも相手にされない。
 それ以前に、そのような者は、
まず信長が、存在を許さなかった。

 口をきっと結び、竹丸同様、
無駄のない動きで信長の支度を整えていく仙千代に、
一切の言葉は不要だった。

 合間に目が合った時、
仙千代の瞳に覚悟の光があった。
 総大将に侍る小姓とはいえ、
いや、だからこそ、
万が一には身を盾にして主君を護り、一命を捧げる。
 侍大将や部将に従者が付いて主の活躍を助け、
これもまた、将に危険が及べば身を挺す、
それと同じことだった。
 たとえ勝利が目前の殲滅戦でも戦に絶対ということはない。
この寝所で睦言を交わした仙千代は今ここに居なかった。

 仙千代と竹丸は、言葉ひとつ交わさずとも、
面白いように息が合い、
世話を受けるこちらの気分が上がるほど、
いや、上がるようにと所作を行い、
手並みがまったく鮮やかだった。
 近習は誰もが容姿頭脳共、優れているが、
この二人は特別で、幼馴染という理由だけでなく、
仙千代の聡さに竹丸の賢さが重なると相乗効果を持ち、
仕事が俊敏に進められ、気が急く質の信長でさえ、
文句ひとつ、付けるところがなかった。

 やがて、露払いを若輩の仙千代が負い、
一年先達の竹丸が太刀持ちを務め、信長の背後に付いた。
 寝所の外に控えていた家臣、小姓衆がそれに続く。

 信長の足音はいつにも増して大きく、
頼旦の使者、大木兼能(おおきかねよし)が待つ謁見の間に向かった。

 





 
 

 


 

   

 


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