第426話 仙鳥の宴(12)秀吉贔屓⑧

文字数 1,434文字

 「ううむ、やはり安土。
なるほど。うむ、思うた通りじゃ」

 いたく満足気な秀吉に、
仙千代がニコニコしてみせると、

 「されば、儂も仙殿にひとつ」

 と「返礼」を差し出してきた。

 「安土は麓のみならず山腹にも、
六角の残党家臣が住まっておって、
どうにも目障りだと前から思うておっての。
幕臣として威勢を誇った栄光は既に過去。
情け深い上様の、
御目こぼしで生きておる者どもの住処(すみか)

 信長が、
戦国大名として頭角を表すのと比例するように、
永年、守護大名として権勢を誇った六角家は、
御家騒動や度重なる敗戦で地位を弱めていた。
 
 畿内で力を奮った三好家を(たの)んだ六角は、
信長が足利義昭を奉じて上洛する際、
山に倒木をするなどし、通させなかった。
 京都所司代を約して投降を呼び掛けようとも、
あくまで抵抗を見せ、
乱世の先を見誤った六角家は、
信長によりとどめを刺され、
大名家としての歴史を閉じ、
消息は途絶えがちとなっている。
 
 信長は、
無力の敗残者を追討するのは面倒であるとして、
観音寺城一帯や安土山周辺の残党を、
放置していた。

 「上様が安土の地を踏まれる頃には、
六角どころか、
五角も三角も微塵も上様の目に触れぬよう、
掃き清めておきましょうぞ」

 「手荒なことはなさいませぬように。
上様は残党が山に住まうことを、
許しておいでなのですから」

 「心配召されぬな。
抜かりはござらん。
上様から賜った我が長浜に住まいをあてがい、
便利に使うてやりますわ。
これで六角の角はなくなって、
丸くなるというもの」

 「流石の御手並み。
二の句も出ませぬ」

 「でしょうかな」

 仙千代が、つと秀吉を見ると、

 「思うておられたのでは?
菓子を買えと強請(ねだ)る子のようじゃと」

 と先ほど、
仙千代が思い浮かべた胸中を言い当てた。

 底知れない男だと、
仙千代は秀吉を(とら)えた。
 ほんの半年、
一年前の仙千代は、
秀吉を知恵と気骨で伸し上がった、
苦労の身に付いた人物だと見ていたが、
苦労人などという言葉で括ることはできない、
深い淵を心に抱いているのだと、
あらためて知った。

 「羽柴様が欲される菓子は、
どうにも大きく、
菓子を得んとするその御努力には、
ただ、感服する他ありませぬ」

 「いや、仙殿。
それは、ちと、違う」

 秀吉の目が闇夜の獣のように光った。

 「違うとは?」

 「努力を努力と思うとる内は、
努力でも何でもない。
まずは好きなのじゃ。
描いて動いて形になる。
それが面白うて楽しゅうて、ならんのじゃ。
針一本売るも、戦の殿(しんがり)も同じこと。
針を売れば次の仕入れが出来、
一夜の寝床と飯が賄える。
殿で手柄を立てれば何と城に化けた。
ま、返ったものの大きさは違うがの。
それこそ塵芥(ちりあくた)と山ほども」

 実は仙千代は今夜の秀吉とのことを、
信長に報せるつもりはなかった。
 信長が城普請の総奉行に丹羽長秀を選ぶことは、
まず間違いないが、
同時、秀吉がその下に付けられることも、
各地の戦況次第であるものの、
ほぼ確定的だと考えていて、
口出しの必要はないと判断していた。
 
 羽柴殿は確約が欲しいのだ、
儂が上様に、
城普請の役付きで推挙すると……

 信長は確かに絶対的な専制君主だが、
長秀はじめ、
心を許した者が相手なら、
仙千代のような若い者の話にも、
よく耳を傾けてくれた。
 
 「折をみて、
上様にお伝えしておきましょう、
羽柴様が、
六角家臣の掃討を買って出られたと」

 他のどの武将が新たな城の造築に、
ここまで先んじて強く関心を抱き、
情報を集め、
暑苦しいほどの売込みをしたか。
 誰も居ない。秀吉だけだった。

 


 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み