第363話 野田原(5)戒め

文字数 945文字

 信忠は信長の意を解し、答を出したが、
信雄(のぶかつ)は鼻息の荒いところを見せた。

 河尻秀隆は信長に寄った。

 「与兵、聴いた通りだ。
三介殿は戦意高揚が甚だしい」
 
 ここからは信長と秀隆のやり取りに変わった。

 「ははっ」

 「これは徳川を働かせる戦だと散々言っておるに、
三介殿の意気軒高が収まらぬ」

 「はっ……」

 「また、出羽介殿とて、
今は涼しい顔をしておるが、
いずれ儂の子、
戦況次第では勇みが堪えられぬやもしれぬ」

 信忠は黙して聴き入り、
信雄は頬を膨らませ、幾らか口を尖らせた。

 「儂が陣を置く極楽寺、出羽介の野辺神社、
三介の新見堂山からは、
志多羅のすべてが一望できる。
全軍の総大将として儂は指揮に集中する故、
若い出羽介、三介が血気にはやり、
軽挙に出ぬよう良く見張り、
抑えとなるよう、くれぐれも頼む」

 「気強くあらせられる御二人が、
余勢を駆ることがありませぬよう、
この与兵衛尉(よひょうえ)
確と(しかと)打守り、援護させていただきまする!」

 信長は息子二人に告げた。

 「三万八千と一万五千の戦とはいえ、
絶対に、絶対は無い。
長島一向一揆制圧で、
我が方は、あれだけの味方を失った。
此度とて、何が起こるか誰にも分からぬ。
志多羅では与兵を父と思い、
与兵の言葉に従い、
与兵に一切抗弁してはならぬ。
その為に今日は呼んだ。良いな!」

 信忠、信雄は信長を見、
顎を引き締め、首を縦にした。

 武田勝頼と激突なれば、
織田家の信忠、信雄、
徳川家の松平信康が揃って出陣となる。
 信長も家康も、
息子を眺められる位置に陣を置く手筈になっていた。
 そこには親心が見えた。
しかし、信康は戦いが始まれば、
一軍の将として実戦に加わらねばならない。
一方、信長は、息子二人に、
またとない大合戦の全貌を高台から総覧させ、
以後の学びとさせる心算で、
戦場に駆り出す意志は無いということだった。

 戦後、もしや、
織田家の若君二人は徳川の若君と比較され、
弱腰の誹り(そしり)を受けられるやもしれぬ、
しかし、それをもってしても、
御兄弟が戦場で刃を抜くには及ばずという上様の御意思……
若い御二人はお辛いだろうが、
上様の御深慮、御二人は分かっておられる……

 多くの織田家の血脈が失われた長島での戦いを、
信長は未だ忘れず、
胸の奥に血涙が流れているのだと、
仙千代は思った。

 

 


 


 

 





 



 

 

 


 


 


 

 
 


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