第307話 爛漫の岐阜城(4)

文字数 1,327文字

 儂は小姓館に居るのが似合いなのやもしれぬ……
いつの日か、国持ち大名になって、
城に住み、城下を治め、民を豊かにし……
そんな夢を抱いた……
だが夢のまた夢じゃ……
斯様な邸を頂戴しても、
儂には中身を埋められぬ……

 戦国の世は上も下も人材の奪い合いで、
特に、高位の武家勤めとなれば、
申し分のない働きができる者は限られていた。
仙千代自身、日々、相対しているのは、
公卿、大名、富豪、茶人、歌人、僧都、法主(そうず ほっす)
またはそれらの使者といった身分の者達ばかりで、
今後、仙千代が大きな失態を犯さぬ限り、
そこは変わりがない。
そのような人物達を相手にし、
間違いのない応接が可能な人材を、
何処から連れてくれば良いのか。

 上様の引き立ては有り難い……
なれど、それこそ分不応ではなかったのか……
儂にはこの邸を維持する力さえ無い……

 仙千代は弱気になって、
半ば不貞腐れたように畳の上に寝転がった。

 ああ、どうすればいいのだ、
どうすれば上様の期待に沿い、恩を返せる……
いっそ、この邸を返上しようか……
いや、そんなことはできぬ、
そんなことは絶対にしない!
儂はこの邸の主!儂が何とかしなければ……

 目を閉じ、考えに考えるうち、
芳しい(かぐわしい)畳みの香りに包まれて、
眠気を覚えた仙千代は、睡魔に身を任せた。

 やがて、夢を見ていた。
これは夢なのだと夢の中の自分が知っている。
 仙千代は寺の境内に居て、小坊主姿だった。
何才なのか、小さな子供の仙千代は、
落ち葉掃きをしている。
 一緒に居るのはやはり小坊主の彦七郎、彦八郎で、
兄弟は仙千代が掃いた落葉を集め、

 「仙念、芋を焼くには葉が足りないぞ」

 と火をくべた。

 そうか、儂の名は仙念なのか……
すると二人は七念、八念か……

 小坊主姿の三人が可愛らしく、
仙千代は微笑ましく見ていた。
 すると、そこへ和尚様がやって来て、

 「芋よりも、これを焼け」

 と言って、生け捕られたばかりの猪を、
寺男達に運ばせた。

 「和尚様、寺では殺生は致さぬはずでは」

 仙念が口を尖らせた。

 「生意気なことを言うでない」

 和尚が振ったのは名刀 左文字で、
(くう)にきらっと輝いたかと思うと猪首を両断にした。
 和尚の足に獣の血が流れ、
顔に血しぶきを浴びた小坊主三人は、
思わず手を合わせ、必死に念仏を唱える。

 「和尚様、(ひど)うございます!」

 仙念は号泣していた。
七念、八念も唇を白くし、身を震わせている。

 「(しし)を食み、精をつけ、敵に備えるのだ」

 仙念が見上げた和尚は信長だった。

 あっ!上様!
もしや我らは小さな僧兵なのか?……

 場面が飛んだ。
すると、袈裟がまったく似合わない僧侶姿の信長が、
焚火を囲み、小坊主達と猪肉を頬張っている。
 泣きじゃくっていた仙念、
青ざめていたはずの七念、八念も、

 「和尚様、美味しゅうございます。
頬が落ちまする!」

 「次は私達が、熊を捕らえてみせまする!」

 「生けるものの御命、頂戴したからには、
せいぜいこの身の血肉とし、寺の為に働きまする!」

 と先程までとは打って変わったことを言い、
焚火の横の石に腰掛け、
喜色満面で香ばしい肉を食んでいる幼い三人は、
僧兵姿で背に弓を負っていた。

 可笑しな夢だ……
何なのだ、これは……

 と、自分の笑い声で目が覚めた。


 

 

 


 

 
 

 

 


 


 


 

 

 




 


 



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