第76話 *褌*

文字数 1,867文字

 以前は触れられたなら身を硬くしているばかりであったのが、
信長に拓かれた身体は今や快楽の深い部分を知り始めていて、
口を吸われれば艶妖なその後の睦み事を思い、
股間が熱く、硬くなる。
 だが、芯に疲労をため込む質の信長が、
身を解されることを好むと知っているので、

 「いえ、もう少し。まだお疲れが残っておいでです」

 と、仙千代は言い、
凝り固まった肩や背に指を入れた。

 「うむ……まあ、それならそれで……夜はまだ長い……
ああ……仙は最高じゃ……他には居らぬ……」

 仙千代の指の動きに信長は陶然となっている。

 「ううむ……よう効く……妙なる技……」

 このような時も仙千代は漠然と為すのではなく、
日によって異なる凝った部位を探りながら手指を入れる。
それにより主の体調が伝わり、安らぎに身を任せているのか、
湧き上がる快感に酔っているのかの別も知れる。
 信長が身を委ねている心地良さが、
徐々に変化を遂げつつあることが、息遣いから伝わってくる。

 信長が全裸になるよう命じた。

 「何ゆえ……」

 逆らえないと分かっていても追い詰められたようになり、
呼吸がいったん止まり、脳の髄がカッとなる。

 「決まっておる。無粋なことを言うでない」

 困惑気味に恥じらいながら褌一枚になった。
海や川なら丸裸でも何とも思わないが、褥で命じられ、
絡む視線の前で裸体になることは羞恥以外何ものでもない。
 
 近ごろ仙千代は褌だった。下帯は暑くてかなわない。

 「脱がせてやろう」

 信長は横たわったままで仙千代の腰の白い布をするりと剥いだ。

 「スウスウ致します」

 両立膝の仙千代が股を閉じ気味にして軽く手で覆うと、

 「最も愛い(うい)ところが見えぬ。隠してはならん」

 どの箇所に眼差しが注がれているのか、
恥じらう気持ちから顔を背け気味にしていても感じられ、
唾を飲み、息が荒くなる。

 「美しく出来ておる……何処をとっても」

 何とも答えようがなく、薄っすらと汗が滲んだ。

 「やはり恥ずかしゅうございます……」

 「言いはせぬ。恥ずかしがらぬなら」

 結局、一糸まとわぬ姿で働くことになり、
徐々に異様な興奮が押し寄せてくる。

 水無月の終わりのことで陽が長く、空はいつまでも仄明るい。
先ほどまで眠気半ばで揉まれていた信長が、
今は間近から、毛穴さえ数えているように思われる。

 仰向けになった信長は純白の絹の小袖が寝乱れて、
下帯が覗き見えていた。
 初夏の陽は未だ沈みきらず、
生まれたままの格好で奉仕している仙千代は、
絡み付く信長の眼差しから逃げようとして、
姿勢がつい不自然になる。
 信長の手は仙千代の其処彼処(そこかしこ)を撫で摩っている。

 「隠しても、隠れてもならぬ。
見えぬではないか、仙が今、どのような具合なのか」

 「不公平でございます、殿は御着物をお召しのまま。
私にばかり、このような……」

 「このようなとは?」

 切望する獲物を追い込んだ狩人なのか、
寵愛の生き物を睦む飼い主なのか、
戯れで弄ぶ響きが口調に含まれていた。

 「意地悪な御方は嫌いです……」

 拗ねたような台詞を放つと身を捩り、
信長の視姦から逃れようとした。
 半分は含羞で、半分は手管だった。
着衣の相手の前で素っ裸でいることは辱めに近く、
恥ずかしさで全身が火照ってしまうと同時、
信長の気分を察し、望むところを供しもする。

 信長の顔立ち、指や爪、それらは時に信忠を思わせた。

 若殿にこの姿を見られたら生きてはいけない……
ああ、でも若殿の心に、仙千代はもう居ない……
儂が誰と何をしていようとも若殿には興味の外でしかない……

 渦巻く痛みとせつなさは信長との褥で媚薬になった。
信長に信忠の幻を認めると燃え、
信忠を忘れたい一心で忘我の境地を追い求め、
信長に申し訳ないと思えば奉仕の限りを尽くし、
己への憐憫、嫌悪、様々な懊悩に苛まれては、
それが閨房での燃料となり、信長を悦ばせる。

 「仙のような者は初めてじゃ……仙ほどの者、他には居らぬ」

 愛欲の炎に火のついた信長の言葉を、
額面通りに受け取ることはしないが、
いくらかの真実が含まれていると知っている。
他に相手は居る上、
まだまだ子を増やそうという信長なのに、
仙千代が呼ばれる夜は減ることがなく、
時の余裕さえあれば褥での信長は執拗だった。

 仰向けの信長が仙千代の腰を抱き、
その顔面へ引き寄せると、仙千代の陽根を口に含んだ。
望まれた仙千代は軽く抗う真似をしながらも、
信長の顔を跨いだ姿勢で茎を舌で愛撫され、
互いの視線を絡ませた。
 天下人に等しい存在が、
さも愛しいのだという恍惚の面持ちで、
見下ろす仙千代の先に居た。



 


 



 

 







 

 

 




 
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