第214話 有岡城 命名(4)

文字数 1,084文字

 小姓は主君の警護、身辺の世話は当然のこと、
端正な佇まい(たたずまい)、確かな教養で、
主の権威を高める役目を帯びており、
主が過ちを犯さぬよう助言する必要も時にはあった。

 「流石、我が優駿の小姓。
うむ、竹丸、良いことを申した。
オカはオカでもどうやら手綱(たづな)の岡、
そちらの方が気が利いておる。
手綱と武家は切っても切れぬ仲。
また、儂と信濃殿も、
今後いっそう強い手綱で結ばれるということだ」

 元服前の若童ながら正確な知識を発揮した小姓を、
信長は自慢気に見遣り、案を快く受け入れた。

 「まったく、
小姓はかくあるべしという手本が竹丸。
主の手違いを正すは勇気が要るがよくぞ申した。
まこと、今宵は気分が良いぞ」

 「偶さか(たまさか)聞き知りおりました事柄にて、
むしろ小賢しいようで赤面の至りでございます」

 「信濃殿も喜んでおいでだ。
幾度も変名することとなれば見苦しい。
竹丸の機転によって此度、
いかにも堅牢な名になった。
有岡城!うむ、気に入った」

 村重も信長に追従し、
酒で赤らんだ顔を喜悦でいっそう、赤らめた。

 仙千代は主従のやりとりを聞きつつ、
竹丸が城の名を良い方へ持って行ったと感心していた。
 
 竹丸が言うように岡は堅い台地、山に近い峰、
要害という意味だが、
信長が最初に選んだ丘は、
土饅頭、転じて墓、または丘陵墓を表してもいた。
 仙千代も務めの性質上、
古今の書を様々に読んでいて岡と丘の違いは知っていた。

 有丘では、
「墓が有る」と受け取れなくもない……
丘よりも、
岡の方が確かに城には見合っている……
今一度、築くことを許されて、
蘇る新たな城が墓などとは、縁起でもない……

 三つの河川に囲まれた崖の上に聳える要害の城、
その背景に今日のような冬の澄んだ青空ではなく、
何故か黒々とした夜空が見えて、
仙千代は根拠も無しに暗鬱な思いを抱いた。

 「どうした。仙千代。
今宵は笑窪(えくぼ)が見えぬぞ」

 信長が仙千代に微笑んだ。
 
 勝九郎が仙千代の頬をぐいと指で押し、
仙千代が勝九郎に付き合って笑みを見せると、
場に笑いが起きた。

 「仙千代の笑窪は値千金。辺りが華やぐ。
まさにその名のように、水仙のような笑顔じゃ。
のう、信濃殿」

 仙千代は、
信長の眼が村重を捉え、煌めいたような気がした。

 「ははっ、仰せのとうりでございます。
水仙は、水辺に慎ましやかに咲く、
清廉なる仙人のような花。
仙千代殿は名の通りの御方でいらっしゃる」

 主と客人の上機嫌ぶりに、
勝九郎は笑みを絶やさなかった。
 竹丸は静かに口元が笑んでいた。
 仙千代は笑窪を覗かせながらも、
得体の知れない不安に奥底を強張らせていた。

 この夕べ、城の名は、有岡城と決定された。

 


 


 

 


 

 


 

 
 
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