第176話 河内長島平定戦 血涙

文字数 677文字

 信長が口火を切る前に秀政は他の馬廻りと打ち揃い、
伝令に出る支度を終えていた。

 「佐久間、柴田に伝えよ!
一揆の奴等の残り二城、屋長島、中江を焼け!
火を放ち、全員殺せ!
ただの一人も逃してはならぬ!ただの一人もだ!」

 信長の絶叫はこれ以上はない憤怒と憎悪を帯びていた。
信興の恨みを晴らすはずが、
分かっているだけで今、
信長本隊の直臣武将だけですら、もう十人近くが亡くなって、
陪臣、雑兵となれば数が知れない。
 例えば陪臣の小瀬清長は、
忠義の篤さは以前より聞き及んでおり、
柴田勝家から高遇を条件に招かれても首を縦にせず信成に仕え、
つい先ほどは信成の討死を知ると、
病身でありながら、一揆勢に身を挺し、
信成に殉じるように果てたという。

 目を見開いたまま、信長は泣いた。

 儂の手、儂の脚、儂の心を踏みにじり、壊した奴等、
ただの一匹も生かしはせぬ!
儂の血脈、儂の守護、儂の宝を奪った怨敵は、
一を百倍千倍万倍にして復讐を果たしてくれる!……

 裸に抜刀の狂信鬼は、今や全員が血の川の藻屑となった。
信長の涙で霞む視界に、屋長島、中江の城が見え、
秀政達使者の伝令が届いたならば直ちに火が放たれる。

 二つの城は、長島本城の阿鼻叫喚を知ろうとも、
誰一人逃げられぬよう、
柵が二重三重に巡らせてあり、
中には女子供も含め、総勢二万が立て籠もっている。

 一気に焼くのだ、
焼き尽くし、殺し尽くし、
この恨みを晴らすのだ!……

 信長は、信成、信昌、清長、千代丸、久秀、
勝盛に涙を捧げた。
 灼熱の夏に籠城し、
一滴の水にさえ事欠きながら生き延びた一揆の民には、
ただひとしずくの涙さえ、流れなかった。








 


 
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