第34話 大根談義(2)

文字数 782文字

 「仙は面白い。本当は何を考えておるのだ?」

 何故かこの時だけは微かに顔色を変えた。

 「何をと言われましても……」

 褥で向かい合いになって見詰め、
仙千代の頬から首筋を撫でている。

 「今は大根の臭いが気になって。
こうしていても我が身が嫌でなりませぬ」

 「何を言っても愛い奴じゃ」

 「恥ずかしゅうて殿の御肌に肌を合わせられませぬ」

 信長は大根談義をもう止めて、前に進みたかった。
仙千代の企みを知った上で、気付かぬ素振りで乗ってやる。

 「いや、しかし、そういえば、
何やら身が細くなったかのような」

 次いで、

 「可哀想に。肉が薄くなったか」

 と、肩も撫でてやる。
 仙千代の顏が輝く。

 「左様でございます、仰せの通りでございます。
このままでは骨皮筋衛門(ほねかわすじえもん)になりまする」

 賢いといっても、
ちょっとした拍子に言い草が如何にも幼稚で愛らしく、

 「ひとこと、二度と城中で喧嘩はせぬと詫びれば良いのだぞ」

 と、半ば蕩けながら告げた。
 すると、小鼻を膨らませ、

 「家名を傷付けられれば万見仙千代、黙ってはおれませぬ」

 と強情を張る。

 まあ、確かにそうだ……
喧嘩両成敗というのも良いのか悪いのか……

 「仙千代」

 「はい」

 期待に瞳が煌めいている。
信長は内心、

 明日でちょうど一月(ひとつき)か、
ある意味、区切りだ、一ヶ月、よく頑張った……

 と思い、明朝には責めを放免してやることにした。
だが、それをここでは口にせず、

 「この話は飽きた。打ち切りじゃ」

 と告げて、口で口をふさいだ。
仙千代ははじめ、明らかに身が入っていなかった。
悪いことをした覚えもないのに、
明日も明後日も大根を食べさせられると想像し、
憂鬱が支配しているのだろうと思われた。
 しかし、気乗り薄の仙千代も信長には一興だった。
四十という齢が近い男の手にかかれば、
程無く息が荒くなり、
呼吸が喘ぎに変わることを信長は知っていた。


 


 

 




 

 

 






 


 

 
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