第238話 仇敵との再会(3)

文字数 1,146文字

 同席していた丹羽長秀から声が掛かった。

 「佐々内蔵助(さっさくらのすけ)
既に参じております」

 佐々内蔵助とは佐々成政の通称で、
長島では嫡男の松千代丸が討死していた。
 信長の連枝衆を始め、
織田軍の多くの将、兵が命を落とした戦だったが、
初陣の嫡男が戦死を遂げたのは、
唯一、成政だけだった。

 信長が長秀を見遣り、

 「うむ。あとは任せた」

 と言うと、信忠も立った。

 三郎、勝丸ら、
信忠付きの小姓達も姿を現し、
信忠の背後に侍った。

 兼能(かねよし)が訳が分からないという顔をしている。

 信長は立ち止まり、
今一度、兼能に視線を合わせた。

 「大木、儂を好く必要はない。
だが、(おの)が命は大切にせよ。
左様に死ぬ死ぬと申すでない。
いずれ一度は死ぬのだ。
何も今、死ぬことはない。
咀嚼(そしゃく)し切れぬ思いを抱いて生きるも一興だ」

 「佐々様は!何ゆえ!」

 兼能も、
成政の子が長島で絶命したことを知らないはずはない。

 「内蔵助は猛者(もさ)を集めることが好きでな。
あちらこちらから武勇の者を召し抱えては、
ずいぶんな扶持を与えておる。
気が合えば身を置けば良し。
合わぬなら……」

 その先は何も言わず、信長は去った。
信忠も同様に、兼能に声を掛けることはなかった。

 廊下で信長父子とすれ違った成政が立ち止まり、
(こうべ)を垂れると信長は、

 「白装束を用意しておった」

 と敢えて渋面を作って見せた。
 成政は驚きつつも、

 「今宵はゆっくり休ませます。
何処に潜んでおろうとも、
気の休まることは一日たりとて無かったはず。
温かな飯と汁の用意ができております」

 「御苦労。
松千代丸の死を越えて前に進もうという内蔵助の思い、
兼能に確と(しかと)伝わるであろう。
あ奴の身体が戻ったら、従者共々、
せいぜい鍛えてやるがいい」

 「白装束は明日にでも焼き捨てまする。
縁起でもない」

 「大木は良い眼をしておる。
儂の好きな眼じゃ。間違いなく役に立つ奴だ」

 「はっ!」

 翌朝、
信長の指示で佐々邸を訪れた仙千代は、
兼能、従者二人が成政の小姓に、
屋敷地を案内(あない)されているところに行き会った。

 ちょうど(うまや)の近くで、
馬達の嘶き(いななき)が聴こえる。

 仙千代が目礼をすると兼能らも会釈を返した。

 「昨夜は十分お休みになられましたか」

 「お気遣い、感謝致しまする。
久方ぶりに草の枕を結わず眠り申した」

 山に隠れ、野に潜み、
苦しく過ごしたこの四ヶ月であったことが、
応えに滲んだ。

 信長の躍進により城を失った一族の若者が、
信長の敵である本願寺勢力に呼応し、
織田家と大戦(おおいくさ)を繰り広げ、
敗残し、今では昨日の敵将の臣下となっている。

 兼能が、

 「衣うつ音を聞くにぞ知られぬる……」

 と、独り言のように口にした。
勅撰和歌集である千載集の一首で、
季節は異なるが、
旅路の孤独、侘しさを詠んだ歌だった。

 「里遠からぬ草枕とは」

 と続け、歌を結んだのは仙千代だった。



 
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