第183話 勝丸

文字数 694文字

 夕刻前には岐阜へ着き、
信忠は久方ぶりに山の匂いを嗅いだ。
 信忠が陣にしていた二間城は海浜部にあり、
潮の香が満ちていた。
 豊富な森林資源を有する美濃の岐阜城は、
大気が樹木に浄化され、鼻腔の奥まで清々しかった。

 信忠の小姓として最も遅くに加わった勝丸が、
久方ぶりに見る主の姿に笑顔満面で出迎えた後、
はっと気付いたように、
織田家一門、清三郎の死を悼み、言葉を紡ぐと、
笑んでしまったことを詫びるかのように項垂れた(うなだれた)

 鷹狩りに出た先で見付けた勝丸は、父親が他界し、
年若い兄が家督を継いだばかりの国士の次男で、
算術が得意な賢い子供だと紹介を受けたが、
何よりも信忠が好む顔立ちをしていた。
 清三郎に通ずる面立ちをして、
つまり、仙千代に似た雰囲気を湛えていた。
 数えの十三という年齢の為、何かもかも未熟ながら、
信忠とて同じく十八才と青いのだから、
共に過ごす夜は戯れにも似て楽しかった。

 かいがいしく信忠の世話をする勝丸は、
信忠に触れれば身の火照りを覚えるのか、
目が合えば恥じらいを見せ、
却って久々の一夜に対する期待が透けて見え、
愛おしかった。

 山麓の公居館の湯殿には先に信長が居た。
流石に今日は仙千代、竹丸ではない小姓達が信長に付き、
身を解していた。

 長年に渡る因縁の末、
ようやく勝利を収めた長島平定戦だったが、
父子は多くを語らなかった。
 傷だらけの勝利。
まさに、満身創痍の勝ちだった。

 失った重臣、寵臣、連枝衆を弔う意味合いも兼ね、
この後は宴席が用意されていた。
 生きて帰った者には褒賞で報いなければならない。
酒席もその一環で、悲喜相混じる酒ではあるが、
宴を設けないわけにはいかないことだった。

 

 

 

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