第153話 小木江城 快方(4)

文字数 791文字

 信忠に何をどうされれば満たされるのか、
仙千代は迷った。
 一夜でもいい、抱き、抱かれたなら、満足なのか。
確かに信忠を欲しかった。
奪い、奪われ、与え、与えられ、
狂おしい思いを身をもって表し、
ただ一夜でいい、信忠のすべてを欲しかった。
 しかし、それは一夜のことで、
肉の交わりに過ぎない。

 信忠の言葉が蘇る。

 「期待されている感謝を忘れず、
文事に武芸に精進し、側近として力を蓄えよ」……

 あと数年もすれば、仙千代も元服をする。
その時に、単なる寵童でいるわけにはいかない。
それこそ、いつまでも童ではない。
 事実、数年前まで信長の愛童であった堀秀政は今、
有能な側近となって、奉行職に勤しんでいる。
特別な情けをかけられたなら、
見合うだけの、いや、それ以上の働きを返さなければ、
それこそ家中で笑いもの、嘲笑の対象となり、
終いには地位も脅かされる。
 贔屓をされたからと、
そこに安住していられないことも、
また小姓の真実なのだった。

 若殿が仰る通り、間違いない……
好きだ惚れたは二の次、三の次、
今は精進し、将来に備えなければ……
殿の情けを無駄にしてはならない、
殿に恥をかかせてはならない……

 例えば、例の鼠の話を取っても、今ひとつ、
いや、二つも三つも、
どうにも話が嚙み合わない信長ではあるが、
それもまた魅力でないとは言い切れなかった。
 信長から見て、仙千代が時に理解できず、
不可思議に見受けられるように、
仙千代も信長は理解不能な圧倒的存在で、
それが為、惹かれる部分は確かにあった。
 何の労もなく、
自然に打ち解けられる存在が信忠なのなら、
違和を覚えたはずが、
いつの間にかその強大な力に引き寄せられ、
取り込まれてしまうのが信長だった。

 信忠に、
将来に備え、精進せよと言われたことは重かった。

 いつの日か、信忠に許されて、
いつかまた、親しく交わえたならという願望を、
仙千代は捨てた。


 
 





 


 

 

 

 


 


 



 
 

 
 
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