第186話 菊花の舞い(2)

文字数 1,149文字

 仙千代は、初出仕翌日には、
家から持参した着物を渡すのは嫌だと言い張り、号泣し、
口さがない年長小姓に清三郎共々嫌味を言われれば、
大根を振るって大立ち回りをし、蟄居させられ、
小姓として幾らか脱線気味ではあるが、
逸話には剛直な性根が見て取れ、
そこもまた可愛がられ、慕われる要因となっている。

 「あのような万見様でも、
躓く(つまづく)ことがおありになったと聞き知りますと、
勇気を得たような思いが致します」

 幼さを残して少しばかり舌足らずな勝丸が、
大人びた口振りをすることが微笑ましく思われると同時、
大戦(おおいくさ)が一段落した今、
この後、仙千代は、信長の側近として、
政務を覚えてゆくことになるだろう、
いったい仙千代は何処まで出世を果たすのかと、
ある意味、諦観のような思いを交え納得し、
見守る気持ちで信忠は仙千代を見た。

 竹丸、仙千代が舞い終わると一同が褒めそやし、
満悦した信長が二人を呼び寄せ、

 「御苦労であった。良い供養になった。
まったく竹丸、仙千代は、何をさせても何をしても、
及第以上で、儂は満足じゃ。
 特に仙千代は此度の戦では重傷を負いながらも、
我が軍の生命線を守り、天晴であった。
これも、常に竹丸が支え、教え、
導いた成果であると認識しておる。
 これからも二人は緊密にして、
我が織田家を盛り立て、支えていくように。
今後ますます忙しくなる。心しておけ」

 信長は身分の分け隔てなく接し、
才を認めれば取り立てもするが、一方で、
努力が足りず、能力を発揮せぬ者には乾いて冷たかった。

 帰還した当日の宴の席で、
特別に機嫌の良い顔を向けられ、
言葉を賜る二人は、相当な気に入りで、
将来に向け、大きな期待を寄せられていると、
衆目の面前で太鼓判を押されたようなものだった。

 他にいくらでも活躍をした武将は居る。
そのような者には当然、褒賞が出る。
親族、係累を喪った者にも篤く弔いの手当てが為される。
同時、このような内輪の席でこそ、
信長の私心が露わになる。
 常に側に侍る小姓が寵愛を受けることは必然で、
面白くなく受け取る者が居ないわけではないが、
信長の圧倒的な威厳、威信に不服を見せれば己が損だと、
余程の馬鹿でない限り、知れていることではあった。

 竹丸の父、長谷川与次も宴には居た。
川を渡った尾張の木曽川近くに所領地があり、
今回は信忠軍に組み込まれ、よく働いてくれた。
 与次は信忠に挨拶に訪れ、酒を注いだ。
竹丸も共に居た。
 与次は茶道、歌道に関して、織田家有数の人物で、
織田家の血筋が多く喪われたことを、
古今の風流譚に喩え、哀悼の意を表し、悼んだ。

 場が和み、宴が進むに連れ、
気付くと、信長が居らず、仙千代も姿が消えていた。

 戻ってきた仙千代は紅潮の名残りがあった。
 ほぼ同時に戻った信長も、髪に幾筋か乱れがあった。

 

 

 

 




 
 
 



 
 

 

 

 


 


 

 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み