第333話 離れていた一夜(2)

文字数 1,294文字

 城の麓に仙千代が邸を賜り、
家臣や使用人を置いて一家を成す許しを得たことは、
信忠も知っていた。
 万見家は華やかな戦績こそ無いが、
代を継いで織田家の礎を支える働きをしてきたことも、
知っていた。
 同時、武功に恵まれなかったせいで、
織田家の躍進に対し、
置いてきぼりを食ったような家でもあって、
仙千代の急速な出世に対し、
周りの支えが十分に行き届くのか否か、
信忠は内心、慮る気持ちがないではなかった。
 ただ、それを表にするわけにはいかず、
信長の仙千代への寵愛を考えれば、
父は父で仙千代の背景の弱さを、
いつでも補ってやる心積もりでいるに違いないと思いつつ、
何分にも人心の機微を解することの不得手な信長だけに、
何かの場合にはさりげなさを装って、
仙千代を援けてやらねばならないと信忠は考えていた。

 儀長城で結論の出ている鉄砲の件は、
昨日彦八郎から報告が済まされていて、
今夕、話はあっさり済んだ。

 続いて、仙千代により、
神子田家(みこだけ)の縁者に当たる近藤源吾重勝なる者の
詳しい出自、人柄の説明があり、
仙千代の直臣として召し抱えることを許可する旨、
裁可が為された。

 「ふうむ。
近藤とやら、伯父君、父君が見込んだというなら、
間違いあるまい。
そもそも体躯に優れておるというのが頼もしい。
体格だけは、努力でどうにかなるものでなし、
天恵である故な」

 信長は非常に機嫌が良かった。

 「武術は何をやっておる」

 「はっ、新陰流を。
槍、弓は年長の縁者達に習いつつ、
本人も年若い者達に教えていると聞きました」

 「新陰流か。若殿と同じであるな」

 信忠は新当流、新陰流という刀術の二流派を修め、
免許皆伝となっていた。

 「仙千代の弟達も参集すれば、
万見邸はほんに賑やかになる。楽しみだ」

 信忠が三郎から耳にしたところでは、
仙千代の生家である鯏浦神子田家(うぐいうらみこだけ)の直ぐ下の弟は、
地元の古刹へ、
末弟は熱田神宮と縁の深い、
名のある医師のもとへ修行に出ているということだった。
 仙千代は、
養子に出た己の境遇と似た弟二人をいつも気に掛けていて、
手紙(ふみ)のやり取りを絶やしたことがなく、
今回、城勤めの意志を確かめたところ、
二人が二人共、
家督を継いだ兄の許しを得た上、
直ぐにでも駆け付けたいと返されたのだという。

 「仙の弟達なれば、さぞや賢いのであろう」

 「さあ、如何なものでございましょう。
三、四年会っておりませぬ故、
どのように育っておりますことやら」

 「一家を立てた仙千代が心細い思いをせず済むよう、
久太郎(ひさたろう)秀政に確と(しかと)言い付けてある。
久太郎には仙達がやって来た初日から、
何くれとなく世話を頼むと申し付けてある故、
今後もそのつもりで甘えることだ。
久太郎は儂に仕える前は、
羽柴秀吉の禄を食み、
その前は大津長昌のところに居った。
長昌、秀吉を通じ、丹羽長秀との(よしみ)も深い。
長秀といえば、儂の娘婿であって、
誰よりも苦楽を分かち合った仲。
長秀を父として慕い、久太郎を兄として頼り、
手を携えて進むのだ。
長秀も久太郎もそのつもりでおる。
安んじて何事も相談すれば良い」

 「はっ!有り難き幸せに存じます!」

 「うむ!」

 仙千代が謝意を表すと、
信長は満悦そのものという笑みを浮かべた。



 
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