第302話 京の南(5)

文字数 808文字

 信長本陣の外では、
兵や武将の具足の音がして、
時にグワッグワッと夜烏(よがらす)の声が混じり、
篝火(かがりび)の炎も爆ぜて(はぜて)共に鳴いた。

 幾らか眠たげな眼をしつつも、
信長はいつも通り明快に語った。

 「三好家は、
我が織田弾正忠家(だんじょうのじょうけ)によう似ておる。
守護を援け(たすけ)、力を得た後、
国の新たな統治者となった。
三好は阿波をはじめとする四国東部のみならず、
畿内一円に大勢力を伸ばし、
政権と呼べるほどの地位を確立し、
十数か国を支配した。
ほんに、よう似ておる」

 松井友閑はじめ、居合わせた全員、
主の顔、口調に滲む某かの思いを見逃すまい、
聞き逃すまいと、じっと見入り、傾聴している。
 
 「儂と異なるところといえば、
三好一族は、
幕府を再興せんとした義輝公と戦闘、和睦を繰り返し、
とどのつまりは亡きものにしたという点だ。
これにより、終いには(しまいには)
朝廷も大名も民も敵に回した。
義輝公の考えを推量することは困難だが、
公は生前、数える程しか参内(さんだい)せず、
朝廷と距離を置いていた。
それでも義輝公の死に際し、
帝は三日間の喪に服し、悲しみを表明された。
民も何万と言う衆が集い、弔いの祭りを催した。
各国の武将に与えた衝撃は計り知れない。
力は足りずとも、
公は人心を掴んで(つかんで)おられたということだ。
時は巡り、今では義輝公の弟である義昭が、
恩ある儂に反旗を翻し、敗北を喫した挙句、
赦免は要らぬと言って百名程の手勢なれども、
三好や本願寺と裏では通じ、
刃をこちらに向けておる。
それでも儂は義昭を討とうと思わぬ。
役に立たぬ幕府なれども、花は花。
花を手折っては(たおっては)、理由が付かぬ。
ただ、実兄が三好に殺害されたというに義昭は、
儂が憎くて三好に与する(くみする)
これは皮肉。まるで笑い話だ」

 既に日付は変わって、深夜になっている。
日の出前から立ち働いて、仙千代も眠いが、
信長とて同様のはずだった。
 無駄な話を嫌う信長が、
このように長説法をしたということは、
康長は現段階、
死するに及ばずという判断を信長が下したと、
仙千代は知った。






 
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