第156話 小木江城 湯浴み(2)

文字数 850文字

 自分の泣き声の大きさに気付かなかったが、
竹丸もいつしか泣いていた。

 「仙千代!そうじゃ、一緒に出世しよう!
いや、儂が先じゃ、儂が上じゃ、
若輩の仙千代に負けるか!」

 何がどうなったのか、もう分からずに、
二人で泣いた。
 
 二人共、十二やそこらで家を出て、城に上がった。
主君のおぼえも目出度く、側に仕えることを許され、
情けを頂戴し、過分とも言えるほどに遇されている。
 しかし、悩みも苦しみも寂しさも、
もちろん、戦では恐怖もある。
 そして、家を背負っていた。
竹丸に兄弟姉妹は居らず、
仙千代も男子の居ない家に養子で入った。

 仙千代が感情を解き放ち、泣いたことで、
竹丸も染まっていた。

 二人で抱き合い、激しく泣いた後、
ふと気付くと仙千代は全裸、竹丸は着物が濡れて、
何やら急に奇妙、滑稽な思いが湧いた。

 「何だ、仙、ひどい顔!涙と鼻水の区別もつかん」

 「竹こそ、目も鼻の頭も真っ赤!」

 仙千代と竹丸は今度は大笑いした。
お互いに指し合って、

 「着物が!濡れてベタベタに!」

 「仙が濡らした!」

 「違う、勝手に抱き着いてきて勝手に濡れた!」

 「何だ、その言い草。裏成りの水茄子ぶら下げて」

 「言ったな!では竹の一物はどうなのだ!」
 
 「最近では夜の総大将と言われておる」

 「誰がそう言った」

 「それは、その、」

 「儂が確かめてやる!」

 仙千代の行水を手伝う為、竹丸は予め(あらかじめ)袴を脱いで、
小袖の裾を捲り上げて(まくりあげて)いた。
 褌に手をやると、触れられまいとして竹丸が腰を引き、
尚も追おうとして身を捩ったら(よじったら)背に痛みが走った。

 「痛っ!」

 「それ見ろ、馬鹿なことをするからだ。
まだ十分に傷が塞がっておらんのだ。
調子に乗るな」

 「どんな総大将か、見そびれた」

 竹丸は笑った。

 「それにしても、何故泣いた、竹」

 「仙こそ、突然わあわあと」

 思い切り泣き、笑い、ふざけて、
それまでの感情は消し飛んだ。

 湯殿の窓から眺める空が澄んでいる。
長島一向一揆討伐戦でこの地へやって来た時、
梅雨は明けきっていなかった。
 いつしか、もう、秋が進んでいた。




 
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