第77話 *惑溺*

文字数 1,585文字

 信長から見たかつての仙千代は美しくも飾り気がなく、
純真、純朴で、尚も言うなら、
何処か田舎臭く野暮ったさもあり、
それが仙千代の雌雄を超えた容貌と混ざり合うことにより、
何とも曰く言い難い不可思議な魅力となっていた。
 
 見初めてから二年と半年が経ち、身を投じた環境により、
日々、薄皮を剥ぐように洗練の度を深める今の仙千代は、
ある瞬間には最も美しい少女、
ある瞬間には最も美しい少年として映り、
内包している善美が、ふとした表情や仕草に浮かび上がって、
美麗を見慣れた信長の目さえ飽きさせることがなかった。

 また仙千代の聡明さには角がなく、
耳を澄ませば実のところ、鋭いことを口にしているのだが、
いったん仙千代の放つ言葉となると怜悧さは消え、
温厚な印象となり、相手から警戒心を奪い、
いつの間にか打ち解けてしまっている。

 笑窪(えくぼ)でずいぶん得をしておる……
穏やかな声の調子も心地よい……

 仙千代は信長が最も寵愛を傾ける存在といって良く、
将来への期待という面からも最有望の逸材だった。
 竹丸が秀でて賢明な為、
年齢や出仕時期が一年遅れの仙千代は、
追い付くことが難しいだろうと見ていたが、
超然とした性格をした竹丸が、
仙千代の世話だけは買って出るようなところがあって、
仙千代の人徳なのか、
竹丸の幼馴染に対する友諠なのか、
ともあれ有能な二人がほぼ肩を並べた現状は、
信長にとり、大いに満足すべきことだった。

 そして、こればかりは声に出して言えないが、
仙千代は閨房においても逸材だった。
 精が強いであるとか、好奇心旺盛であるとか、
そういった類の話ではなく、
基本、まず絶対的に聡く、それが褥でも生きていて、
その日その日の信長の波長を察知して、
合わせる術を自然と会得している上、
天然の様々な表情を持っていて、
蠱惑的かと思えば慎ましやかで、
そうかと思えば清純そのもの、
とある時は翳りを帯びて悩ましく、
意識してか無意識か、何人もの仙千代が居て、
親子ほども歳の離れた信長がその変幻自在ぶりに、
圧倒されかねないことさえあった。

 仙千代には溺れる……
いや、もう、溺れている……

 多くの夜を重ねてきた信長が仙千代には惑溺していた。
仙千代を知ってからというもの、

 身体が合うというのは斯様なことか……

 とも知った。
何も手練手管を弄して高めずとも、
呼吸が合って、あっさり終わる日も満足が深い。
しっとり熟した女も、初々しい美童も良いが、
仙千代から得られる快楽は別のものだった。
 今は青さを残した仙千代が、
あとしばらくしたなら、
どのように成熟の度を高めているのか、
艶めかしい期待が募る。

 今も仙千代は仰向けの信長の上に跨り、口淫に喘ぎ、
微かに含羞を漂わせつつも重ねた視線を外さず、
むしろ時に挑むかのような表情を瞳に浮かべる。
 それが隠微でありつつも清らかな風情もあって、
そのような仙千代に接すると、
一夜でも、一時(ひととき)でも多く共に過ごし、
昨日よりも今日、
今日より明日はいっそうの歓喜に達してみたいと思う。

 逃げ腰で、
もしや儂を嫌っているのかとさえ思われた仙千代が、
あの仙千代が、このように……

 未熟な果実のようであった青い茎が健やかに成長を遂げ、
少しばかり茂りを見せつつある薄っすらとした草叢(くさむら)から
天を向いて突き上がり、口と舌で翻弄してやると、
信長に対し、騎乗に近い体勢の仙千代が半ば腰砕けのようになり、
褥に手を着き、尚、腰を浮かせたまま、

 「ああん、ああーん、あうう」

 と髪を乱して身悶えする。
 その酔い痴れる様は他の誰も知らず、
信長だけのものであると思うと、
これほど魅惑的な生き物を独占する喜びと、
無垢そのものだった仙千代をここまでにしたのだという、
得も言われぬ満悦が陶酔となる。

 今でさえ十二分に足りているのに、
仙千代が相手であれば、
尚も極みを味わうことがあるのではないかと、
死が隣り合わせの世なればこそ、
期待する思いもあった。





 


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