第133話 二間城 錯乱

文字数 849文字

 三郎が読み上げた書状の最後まで聞かず、
信忠は立ち上がり、

 「馬の用意をせよ!」

 と怒声を上げた。

 「どちらへ!」

 「決まっておる!小木江だ!
小木江以外、何処だというのだ!」

 三郎が身を挺し、信忠を止めた。
信忠が振り払う。

 「ええい、邪魔だ!」

 三郎は信忠を一旦そのままにし、
控えの間の小姓達に書状を渡すと、

 「昨日、万見仙千代殿が小木江城内で負傷した模様、
直ちに万見家御当主に知らせ、
小木江へ向かわれよとの総大将様の仰せにて、
即刻、万見殿にこれをお伝えせよ!」

 と早口で一気に告げた。
 
 小姓達が顔色を変え、素早く立ち去ると、
三郎は襖をぴしゃりと閉じ、
出立準備に取り掛かっている信忠に、

 「何を馬鹿げたことを為さっておいでなのです!」

 と二人きりの場で放った。

 「仙千代が!仙千代が討たれた!仙千代までも!」

 小木江からの書状には、
仙千代が一揆衆の跳ね上がりか、忍びか、
未だ調べはついていないものの、
二人組に城郭内で襲われ、重傷を負い、
高熱を発し、昨晩から意識がないと書かれてあった。

 清三郎を喪い、
消沈しきった信忠を、
これ以上はない苦しみが襲った。

 仙千代!仙千代!

 ひたすら、仙千代の名のみを胸中で叫ぶ。

 清三郎を死なせ、仙千代とも末期の別れができぬなど、
信忠には考えられなかった。
 
 仙千代に会う!
仙千代に詫びねば、死んでも死にきれない!
仙千代をこのまま死なせるわけにはいかぬ!

 初めて出逢ったその日から、
信忠を慕い、信じてくれた仙千代を、
足蹴にして振り払い、盗人呼ばわりし、嫌悪して見せ、
それからは居ないもののように扱うか、
冷淡に接し、笑顔ひとつ向けることなく歳月が過ぎた。

 しかし、忘れることは一度となく、
心の奥には常に仙千代が居た。
 仙千代と語らい、共に過ごせたなら、
どれほど楽しく満たされるのか、思わない日は一日もなかった。
周りに誰が居ようとも、
信忠の深い部分は仙千代が支配し、唯一無二の存在だった。

 清三郎を亡くし、
仙千代までも今生の別れが叶わぬなど、
信忠には耐えられなかった。




 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み