第151話 小木江城 快方(2)

文字数 915文字

 微熱は残っているものの、背の傷は塞がり始め、
清三郎の死から立ち直りつつあった仙千代は、
井戸端で決した同じような年頃の一揆の男児が、
どのような沙汰を受け、あの世へ旅立ったのか、
委細を知らされ、一気に食が落ちてしまった。

 男児の眼がぎらついていたのは憎悪だけではなかった。
飢えによって眼窩が落ち窪み、
昏い(くらい)瞳は生きながらにして、
いつか見た箔濃(はくだみ)の髑髏の目の洞のように、
深く底の無い黒だった。
 雨だというのに膚は艶を失って、唇は乾き切っていた。
もう何日も、何も食していないことは瞭然だった。

 では、あの兄弟に同情をすればいいのか。
気の毒だといって、仙千代が命を投げ出せば済むのか。

 それでは駄目だ、
そんな甘いものではない、
自分の命を狙った者どもなのだ……

 頭では分かっていながらも、
いざ、事細かに、信長から刑の様子を聞かされれば、
あらゆる感情が綯交ぜ(ないまぜ)になって押し寄せ、
安穏たる状態で養生をしてはいられなかった。

 そのような日々を過ごしていたところ、
信忠がやって来て、仙千代の心に明かりを灯した。
 理由など、無かった。
信忠の顔を見、声を聴き、しっかり食せと言われれば、
それだけで力が湧いて、自分の弱さを恥じ、
亡き清三郎の為にも新たな一歩を踏み出そうと思えた。

 未だ、肩から腰にかけての背の傷は痛みが消えない。
深く裂けた部分は時に血が滲むが、
入浴や行水も許可されて、治りは順調だった。
深手を負った箇所の痛みは数年続くかもしれないと、
金瘡医は診立てた。

 信忠が見舞ってくれたことは天にも昇るほど嬉しかった。
表情は厳しかったが、
瞳の奥に慈しみが湛えられているように感じられ、
抑えた口調に温かさがあった。

 ああ、若殿、嬉しい、本当に!
若殿がこのように心配して下さる……
やっぱり、やっぱり、好きなんじゃ、
大好きなんじゃ!
若殿、若殿、大好きじゃ!……

 信忠と二人きり。
そこで早く治せと励まされ、仙千代は夢心地だった。

 大袈裟な振舞も派手な言動もない落ち着いた信忠だが、
真を重んじる心根、芯の強さ、
何もかも、知れば知るほど好きになる。
 そして何よりも、初めて会ったその瞬間から、
共に居れば、深い安らぎを覚え、
それは他の誰からも得られはしないものだった。



 
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