第164話 河内長島平定戦 大木兼能

文字数 882文字

 怒気とも言える緊張を孕んだ厳しい声を聴けば、
それが何を伝えようとしているか、
信長は肌身で知っている。
 五感は研ぎ澄まされ、気概は直ちに戦闘準備に入った。

 今は亡き傳役(もり)
平手政秀の用意した赤縞の鎧を身に着け、
十三才で三河大浜へ初陣を飾った日から戦に明け暮れ、
既に六十以上の合戦を経て、
髪の一筋、毛穴ひとつまで、
自分という人間は戦に捧げる宿命なのだと思うと同時、
それが決して嫌ではない。
 戦場でのみ味わうことの可能な、
ヒリヒリするような命のやり取り、
勝利を得た時の万感迫る喜悦、
それらは己が何の為に生まれてきたかを思い知る瞬間だった。

 やらねばならないのなら徹底してやる、
それが信長の信条で、誰もが信長を人使いが荒いと言うが、
例えば、先の浅井・朝倉攻めでも、
機会を逃さず、勝ちを獲りに行く為になら、
嵐の深夜に急な傾斜の山あいを先駆けするなど、
実際、信長が最もこき使ったのは信長本人なのだった。
 総大将自らが悪天候の中、
屈強な馬廻りさえ尻込みするような急峻を、
先頭切って進軍するとは、
他の戦国武将ではおよそ、有り得ないことだった。

 「入れ!」

 という信長の声が返るか返らないかという時点で、
秀政は入室していて、

 「下間頼旦(しもつまらいたん)が使者、
大木兼能(おおきかねよし)が参っております!」

 名の主は、敵の総大将格の一翼だった。

 いよいよ今日だ、本日中にすべての決着がつく!
いや、つけてやる!……

 これ以上はないという灼熱が胸の芯で燃える。
同時に、曰く言い難い、
冷え冷えとした感覚も背を走る。
 
 信長は、三ヶ月以上も前の評定で、
諸将を集め、
一揆勢が降伏してきたところへ弓、鉄砲で攻撃を仕掛け、
完膚なきまで根絶やしにすると伝え終わってある。
 加えて、先だっても、戦の最終決着に関しては、
完全降伏の報を受け次第、
織田軍は一斉攻撃に入ると檄を飛ばした。

 「待たせておけ!
聞かずとも内容は分かっておる」

 「全軍への指令は、
予め(あらかじめ)伺っております通りに報せて参る所存、
間違いございまぬか」

 「うむ!」

 信長が夜着を脱ごうとするや否や、
仙千代と竹丸が現われ、信長の身支度を始めた。

 入れ替わりに秀政が退室してゆく。




 


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