第245話 竹の花(6)

文字数 1,432文字

 竹丸は宴席を後に、自室へ戻っていた。

 「竹」

 「ああ、仙千代」

 竹丸はいくらか疲れているようだった。

 「遅うまで起きておるのだな。
明朝は殿の側仕えで、
客人のもてなしが幾つか有るというに」

 「坂井様の仇討ちに、
助太刀申し上げる用があってな」

 「坂井様の仇討ち?」

 一瞬きょとんとした竹丸は直ぐに察して、
表情を崩した。

 「あの方は御酒(ごしゅ)が入ると別の人格が……」

 「竹も覚えがあるのか?」

 「此度の旅先で悪天候続きとなった時、
寒さ凌ぎもあって日中から酒を飲むことになる。
儂はさして飲まんかったが、
坂井様はほんにお好きで……」

 そこから先は言わずもがなで、
仙千代も苦笑いが止められなかった。

 「霜焼けはどうだ」

 「痒い。岐阜へ来て二回目だ」

 仙千代が城勤めを始めたばかりの時に、
やはり霜焼けを患って、
竹丸が医師の手配をしてくれたり、
湯の中で足を揉んでくれたりした。

 帰還して信長への挨拶を済ませて直ぐ、
医者に診てもらったようで、
煎じ薬も既に飲んだという。

 竹丸の付け人として、
共に街道整備に出ていた年若い小姓が、
就寝前の挨拶をしに顔を出したので、
仙千代は湯桶を頼んだ。

 湯を運んできた小姓が、
竹丸の足を揉もうとした。

 「もう休んで良い。儂がやるから」

 仙千代が命じると、
部屋は二人になった。

 気の利く小姓のようで、
湯桶には薄布で包んだ乾燥(よもぎ)が浸けてあり、
香りの良さは当然のこと、血行促進が期待された。

 竹丸の足は霜焼けで赤くなった箇所と、
ひび割れた部分があった。
 床几(しょうぎ)に座した竹丸の足をそっと揉んでやる。

 「優しいな、仙千代は」

 「竹こそ」

 「そうか?」

 「こちらへ来たばかりの時、
やはり霜焼けになって、同じようにしてくれた。
いや、それどころか長島では、
寝ずの看病を幾日も」

 「そうだったかな。忘れた」

 竹丸は望んで出掛けて行った街道整備だったが、
無事に竣工をみた安堵と、
初の経験の疲れが同時に出たのか、
優し気な笑みを浮かべつつ、いくらか疲労の色が見えた。

 「さ、奉仕は終わりだ。
少しは楽になったか?」

 「うむ、何やら足が軽くなったような」

 桶に足を浸したままの竹丸に代わり、
手拭いを探そうと室内を見遣ると、
旅支度の行李の蓋が開いていて、
目的の物を見付け、手に取ると、
木綿の手拭いと一緒に、
何やら紙に挟まれてあった植物がはらっと落ちた。

 仙千代が手に取ると、
今までに見たことのないもので、
既に乾いて干し草のようになってはいるが、
稲穂のようにも思われた。

 仙千代はそちらに興味が向いてしまい、
手拭いを竹丸にぽいっと投げると、
干した穂先のようなそれを鼻先に持ってゆき、
匂いを嗅いだ。

 「草の匂いだ。これは?」

 確認するでもないが、何度か吸い込んでみる。

 「薬草か?」

 慌てて足を拭った竹丸は、

 「いいから。戻しておけ」

 と仙千代から取り返そうとした。

 狼狽にも似た様子を見せる竹丸を揶揄って(からかって)みたくなり、

 「嫌じゃ、戻さぬ。何なのだ、これは。
高価な薬草か?」

 取り返そうとする竹丸をはぐらかし、
仙千代は敢えて涼しい顔をして、

 「ふうむ、お天道様(おてんとうさま)の匂い、
そうだ、青畳と似たような香りだ、ふうーむ」

 と深呼吸した。

 「返せ」

 「嫌じゃ」

 「返せというに」

 「教えぬなら返さん」

 返せ、返さぬで数回やりあって、
ふっと仙千代が気まぐれで、

 「おう、分かった!
竹、さては旅先で可愛い娘御(むすめご)から貰ったな!」

 当てずっぽうの冗談で言っただけであったのに、
竹丸は耳まで赤くなっている。

 

 


 




 



 

 
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