第41話 *華頂山(2)*

文字数 1,493文字

  信長の声が仙千代を現実に引き戻した。

 「先ほどの話……信濃は藤原の血筋。
非常な風流人だが、衆道の方も盛んでな。
色々噂を流れ聞く。仙千代を余りに見遣るから面白かった」

 「面白いのですか」

 「仙には一寸も手を出せぬからな、いくら信濃が欲しがろうとも」

 「欲しがる?」

 「あ奴が十兵衛の小姓を気に入って、
貰い受けられぬかと談判したことがあったらしい」

 十兵衛とは明智光秀を指している。

 「十兵衛は十兵衛で信濃に負けぬ風流人。
小姓もなかなかの選りすぐり。似たところがある。
好敵手なのか、はたまた類は友なのか」

 「明智様はどうされたのです?」

 「両者の関り次第では叶えられぬわけではない話。
しかし、信濃が十兵衛にそれを言うとは。
豪胆を通り越し、単に好き者じゃ。
十兵衛が認めるはずもなく」

 「その後、お二人は険悪に?」

 「親子兄弟でも道を違えて血を流す世。
すべて利害損得、生き残り。顔には出さぬ。
十兵衛が心持ちを如何に畳んだかは分からぬが」

 信長の兄弟のうち、二人までもが、
小姓出身の寵臣の扱いを巡り、最後は破滅している。
一国一城も所詮、最後は人と人との繋がりの綻びが、
礎を崩すのだと仙千代は思った。

 「信濃が惚けた(ほうけた)顔を向けたら、
ちらっと笑ってやったらどうだ?喜ぶぞ」

 「左様な戯言(ざれごと)……何ゆえ仰るのです」

 「嫌か?」

 「嫌でございます」

 仙千代は口を尖らせた。
流石にそこまでの話となると、
今の仙千代には手に余る、大人の世界のやり取りだった。

 「すまぬ。不快にさせた」

 「……不快とまでは……」

 「いや、やはり戯れが過ぎた。
余りに仙を自慢で、見せびらかしたい思いに溺れた」

 「はい……」

 「まだ許さぬか?その顔は怒っておる顔じゃ」

 仙千代の尖らせていた唇に指を這わせ、眼差しを重ねる。

 「機嫌をなおせ。心から詫びる」

 「怒ってはおりませぬ」

 「まことか?」

 「まことでございます」

 「笑窪(えくぼ)が見たい」

 仙千代が微苦笑を返すと、信長もようやく安堵の顔をした。

 「ではこれで、もう一段、機嫌をなおしてもらうとするか」

 信長は身体の向きを変えると、仙千代の手を取り、
陽物へ誘った。そこは既に猛り、昂っていた。

 仙千代が少し腰を引き気味にして頬を染めると、

 「ずっと盛っておった。仙千代に触れられて」

 と言うと、仙千代を胸に引きずり入れた。

 「あっ!」

 「先ほどの戯言は嘘じゃ。信濃に笑いかけてはならぬ。
仙は儂のもの……あ奴に笑いかけてはならぬぞ」

 「ああ……」

 信長の愛撫が始まっていた。
道中の夜の信長は城に居る時よりも、触れ方がいくらか強かった。
 着陣したこの日は落ち着くかと思われたが逆で、
いっそう激しさを増し、いきなり局所を弄ってくる。

 やはり戦の場では滾って(たぎって)しまわれるのか……

 仙千代の名を呼びながら、あちらこちらに唇を這わせ、
仙千代の陽茎も、
それ以外の一切がこの世には存在せぬかのような激情を込め、
口淫をする。
 信長が、確かに城での信長ではなかった。

 「ああ!ああん、んあーん……」

 喘ぎとも啜り泣きとも紛う(まごう)声が抑えられない。
信重に抱かれ、額に口づけられただけで陶酔していた自分が、
今では幼子のようにも思われる。
 
 仙千代も知る限りの方法で返した。
真の真では信重を求め、脳裏には信重の声、息遣い、顔、
身体が浮かんでは消える。
 しかし、薄闇の中で今、
仙千代を射貫くような眼で見詰めているのは信長だった。

 仙千代は両腕を背に回し、脚を絡ませ、腰を押し付けながら、
言葉に出さず、

 もっともっと!もっと欲しい!……
もっと狂わせて、何もかも、忘れさせて!……

 と、しがみついていった。




 






 

 


 

 

 


 

 

 

 


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み