第273話 那古野城(1)

文字数 1,293文字

 小姓一人一人の成長に合わせ、
見合う対応を取るなどという感覚も暇も持ちわせない己を
信長は知っていたし、
事実、一貫して誰にも振る舞いを変えなどせずにきたが、
仙千代には、時に、
あからさまとも映る特別な接し方をしてしまう自分が居ることも、
また、気付いていた。
 理屈ではなく、仙千代にはただ惹かれる、
それだけのことだった。
 見目が優れている、聡い、心根が善い、
そんなことは今や大気のようなもので、
仙千代であれば、
当たり前の属性として肌身で熟知している。
 仙千代を見付け、手元に置いてから四年目に入り、
何故これほどに仙千代が好ましいのか、
初めの頃はそれを思うこと自体が愉しみだったが、
もう理由(わけ)はどうでも良くなっていた。
 仙千代が信長や周りの先達を通し、
この世を識り、成長を遂げ、信長の目耳手足となって、
最も近くに仕える者として、
誰にも一目置かれる存在となっていくことが日々、
楽しみでならない。
 信長の側近達は誰もが文武に優れ、
忠誠心も折紙付きだが、
若手の秀政、竹丸、そして仙千代は、
他を圧倒して優秀な上、
三者三様、個性と魅力が際立っていた。
 秀政はまさに万能で、
抜きん出て聡明であると同時、闊達で煌めいている。
 竹丸は澄んだ怜悧さが立つと観ていたが、
作事、普請に対する真っ直ぐな熱といい、
仙千代や彦七郎兄弟への朋輩心に接してみると、
ある意味、不器用な男なのかもしれないと思い、
それが人物に奥行きを与えていた。

 仙千代は……
仙千代は?……

 咄嗟に浮かんだ文字は剛毅剛直だった。
信長は可笑しさを禁じ得なかった。
仙千代の容姿や所作は、
猛々しさを感じさせるものではないのに、
何故、剛などという言葉に繋いでしまうのか。
 表立っては見せないが、
仙千代は慎ましやかな性分に、
不屈の負けじ魂を秘めているのかもしれなかった。
 昨今、岐阜城には、
多くの名のある家の子弟が集まっていて、
例えばほんの一人挙げただけでも、
仙千代の同輩には池田恒興の嫡男、勝九郎が居る。
信忠の小姓にも、
佐々成政や滝川一益の若手一門が侍している。
 血筋や出自で言えば、仙千代だけが、
孤島のように浮いていた。

 仙千代も、いずれ、大人になる……
それまでに周りを固めてやらねば……
妬み、嫉みを受けても仙千代が倒されぬように……

 仙千代を次の世代の中心的側近の筆頭にと、
堅く決めているものの、
まだ今は、青いどころか、
若さが過ぎて幼い部分を残す仙千代を、
信長は常に側に置き、楽しみ、堪能していた。
 あと数年もすれば、
仙千代は元服し、成人となって、(つま)を娶る。
それまでの何年かが信長にとり、
限られた蜜の時間なのだった。

 「お聞かせくださいませ。その面白い御話を」

 向かい合いで横たわり、信長は右肘で頭を支え、
左の手は仙千代の腰を夜着の上から撫でていた。
 褥に一緒に入ったは良いが、
今川氏真(うじざね)の接待で心身共に疲れたものか、
信長が何もせぬ間に仙千代は寝付いてしまった。
 長時間の饗応の任にあたったことは、
仙千代、竹丸は初めてで、
堀秀政という上席が居たにせよ、
疲労は十分、理解ができた。

 半刻(はんとき)ほど休んだせいか、
目覚めた仙千代は今、
好奇心で目をきらきらさせている。



 
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