第284話 足助へ(2)

文字数 1,091文字

 信忠は三郎を通し、
勝丸にも馬に乗る許可を与えた。
 三郎は、
むしろそうすべきだというような表情を見せたが、
当の勝丸が、

 「初陣ですのに」

 と恐縮するので、

 「左様な具足を着けておる者が歩兵では、
却って可笑しかろう、
何なら足軽具足に着け替えるか」

 と言うと、

 「御馬(おうま)、拝借!」

 と、神妙な真似は直ぐ止めて、
雑兵が手綱を引いてきた馬にサッと乗った。

 「振舞だけは大将級だ」

 「はっ、恐れ入ります!」

 喜色満面の勝丸に、信忠は、

 少しばかり甘い顔をし過ぎたか……

 と、敢えて渋面を作った。

 勝丸もまた、三郎が気に入るだけはあり、
裏表のない、素直な質で、
信忠の寵愛を勘違いして助長することは決してないが、
調子の良い陽気さに、
つい、甘やかし気味になってしまう。

 初陣の嬉しさに今は浮ついておるが、
いざ、戦となった時、
鳥や(しし)を射るように、
敵に弓を放つことができるかどうか……

 尾張を通過するうちに軍勢は増し、
飯尾尚清(ひさきよ)、長谷川与次、池田恒興ら、
他にも歴々が隊列に加わった。
 
 尚清は、織田氏流 飯尾氏の嫡流で、
母は、室町幕府の管領(かんれい) 細川晴元の娘であることから、
外祖父は甲斐源氏棟梁 武田信玄や、
本願寺法主(ほっす) 顕如の義兄にあたり、
高位の公卿にまで血筋が繋がる名門の家柄だった。
しかも父親は、信長の父と従兄弟であって、
(つま)も信長の異母妹(いもうと)という、
織田家中で有数の毛並みの良さを誇る一族だった。
 嫡男は、信長の馬廻りとして、
堀秀政らと共に信長に常に同道している。
 長谷川与次は、
信長の小姓を務めた実弟、今は亡き橋介の兄であり、
竹丸の父親だった。
 母が信長の乳母で、
やがてその母が信長の父の側室となった池田恒興は、
自身が信長の小姓であったと同時、
今は嫡子が信長の小姓となっている。
 信忠軍は、
織田家の絶対的岩盤層と言えるような武将達が旗を並べていて、
その忠誠心に信忠は守られていた。

 三河へ入ると、
徳川家の重臣、酒井忠次の使者が待っていて、
山深い足助の地へ信忠軍を案内(あない)した。

 織田軍の武将や兵は、
武門の匂いの中に適度な野蛮を感じさせると、
日頃、信忠は思っていたが、
三河武士というものは、
尾張と隣接していながらも少しばかり趣が違い、
良い意味で土の香りがするような、
独特の野暮ったさを身に纏っていると信忠は感じた。

 尾州の兵が、
切れ味鋭くも、
鋭さ故に脆さを秘めた刀剣だとすると、
参州のそれは、
討っても討っても刃毀れ(はこぼれ)を知らぬ、
武骨な(なた)のようなものだ……

 いざ、戦という時に、
このような感慨を抱く自分は、
おそらく青く、未熟に過ぎるのだろうと、
三河の山の春景色を馬上から眺めつつ、
信忠は自戒した。

 

 


 




 

 



 



 


 

 

 


 

 
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