第2話 *重ねられた夜(1)*

文字数 2,186文字

 信長と信重が共に居れば、仙千代の想いの中では、
信長は信重の背景となってしまう。
 だが、現実はそうではなかった。
生殺与奪は信長次第で、その掌中で日々を送る。
朝から夜まで、一切合切、
信長の(めい)と指示によって仙千代の暮らしは成り立っていた。

 また、信重の初陣祝いとして開かれた鵜飼い見物の夜からは、
今までにない間隔で信長の褥に呼ばれた。
 日に日に愛撫や要求が濃くなって、
仙千代が受け容れられる限界を、
わずかに超える一線を信長は突いてくる。
 信長は仙千代の身体を拓く日程表を持っていて、
手順通りに日々を進めているかのようだった。

 閨房に呼ばれた最も初めの頃は、膝に座らされ、髪を撫でられて、
せいぜい口づけされる位であったのが、
今回の出立前には後門に油を塗り込まれ、指を入れられ、
悲鳴とも喘ぎともつかない叫びをあげているのに
許されなかった。

 違う、こんなはずじゃなかった、
違う、これは何かの間違い、(うつつ)ではない!……

 と、胸中で幾度も繰り返していた。

 いったい何が違うのか、何が間違いなのか、
仙千代自身、分からなかった。
 はじめ、その指を拒んでいたのに、
あげている声が苦痛であるのか喜悦であるのか不明となって、
仙千代は、

 「お許しください、お許しください」

 と褥を這いずるように逃げ惑ったが、
いつもあれほど優しく接する信長が逃そうとせず、

 「儂が居ぬ間、恋しくなって欲しくなる。
そのように躾けておる最中じゃ。儂の躾を受けられぬのか」

 と仙千代が惑えば惑うほど指の動きに妖しさを加えた。

 仙千代の淫らな声が、自身の昂ぶりを増長させる。
信長の眼差しは媚薬となって仙千代を身悶えさせた。

 違う、違う、こんなはずじゃない、
求めているのは勘九郎様、勘九郎様がいい!……

 ここには居ない信重を思い、このような時に限り、
若殿ではなく勘九郎という呼び方をしてしまう。

 勘九郎様!勘九郎様!……

 しかし吐息も唇も舌も指も信長だった。
ふとした瞬間、視界に入った左の脚に古い刀傷があって、
紛れもなく、それは信長だった。
 その傷に得体の知れない興奮を覚えてしまう。
 
 指は仙千代を未知の境地へ誘って(いざなって)
腰骨に当てられている信長の陽物の巨きさ、硬さが心地よく、
その感触を尚も欲しくて知らずのうちに腰を押し当てていた。

 首の筋が痛くなるほど仰け反って(のけぞって)
知らずの間に声にならない声で、

 「もっと……もっと……」

 と、はしたなく求め、
いつの間にか手が自身の陰茎に伸びていた。
信長の陽物に比べれば小さなもので、
大きくなっても手掴み(てづかみ)するほどではなく、指の刺激で事足りてしまう。
 信長に仙千代の少ない知識の外の刺激をされて、
手が局所へ伸び、生まれて初めて手淫をしていた。
 この時、仙千代は、
信重の裸体を見たあとに必ず起こった疼きの炎を消す為に、
このようにすれば良かったのだと知った。

 仙千代は、

 「ああ……はあ、はあ……」

 と呼吸を乱しながら最も感じる箇所を刺激して、
今までにない強烈な快楽を貪っていた。

 仙千代の指が仙千代自身に伸びたのを見た瞬間、
信長の気配が変わって、

 「そうじゃ、そのようにするのじゃ。
儂が居ぬ間、今宵を思い出し、そのように自分でするのじゃ」

 と耳元に言葉を投げると、背後から覆うように被さって、
堰を切ったように仙千代の口を激しく吸った。

 伴天連の貢ぎ物なのか、
他では見たことのない大きな鏡が褥の横に立て掛けてあり、
燭台の炎に照らされた二人の姿が映る。

 鏡の中の仙千代は仙千代が知っている仙千代ではなかった。
手練手管の大人の男に為されるがまま、
慎ましさも含羞も無く悦びに身を捩り(よじり)
随喜の涙を流さんばかりの痴態を繰り広げている。

 「仙……指一本で斯様に狂うとは……真の好き者じゃ」

 「ち、違いまする、そうではありませぬ……」

 「鏡を見よ。甘露が滴りそうになっておる……」

 信長の囁きが続く。
 
 「いつも清らかな儂の仙があのように。
仙の身も心も、
儂を驚かせる為に出来ておるようじゃ……」

 信長の喜びが、
口調からも身体に触れている陽物からも伝わる。

 「お許しください……お許し、」

 意味不明の言葉がついて出る。
縋り付くような眼差しで鏡の中の信長を見て、
ひたすらに許しを請うた。

 「許しておる。許し続けてきた……ずっと。
仙ほど許し続けた者は他には居ぬぞ……」

 仙千代の耳にその言葉はもう聴こえていなかった。

 「殿、殿!御指をお抜きくださいませ、
もう、もう、辛うございます……」

 「何が辛いのじゃ」

 尚も後ろを指で弄られ、正常な思考は飛んでいる。

 「な、何もかもでございますっ……」

 「苦しめることが本意ではない。では、止めよう」

 指を抜かれ切る寸前で仙千代は尻を突き出して、
咥え込んだその指を逃すまいとした。
 信長の喜びが仙千代に浴びせられる。

 「仙、仙、儂の仙千代!」

 指が生き物のように仙千代の内奥で蠢いて(うごめいて)
時に突き、時に捩じり(ねじり)回し、緩急自在に攻め立ててくる。

 「ああん、ああん、ああーんっ!」

 口づけが仙千代の髪といわず耳といわず首すじといわず、
夥しく(おびただしく)与えられ、ひたすらに名を呼ばれる。

 「仙千代!仙!」

 「殿!」

 「果てても良いぞ、その顔じゃ、その顔が見たかった」

 鏡の中で目と目が合うと、もう耐えられず、

 「でっ、出まする、出ますっ!ああっ、汁が!」

 と叫び、茎を弄っていた自身の手で白濁を受けた。





 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み