第243話 竹の花(4)

文字数 805文字

 長島が織田家の支配地となって、
滝川一益が所領を授かったことにより、
服部家は没落し、力を失った。

 「雨で川が増水すれば、
小屋掛けまがいの掘っ立て小屋が流されて、
大木(たいぼく)の下に一同集まり、
みぞれ雨をしのいでいる様を、
父や下男が目にしたようでございます」

 「権勢を誇った服部家が……。
土手に住み、河原を耕し、
魚を捕って暮らす者を追って何になろう。
万見殿同様、
滝川も感じ入るものがあるのであろう。
儂も同情せぬわけではない。
何もしてはやれぬがな」

 信長がごく間近から見詰めてくる。
その手は仙千代の肩、腕を撫で摩って(さすって)いた。

 「仙は如何様(いかよう)に思う、話を聞いて」

 無論、哀れには違いない。
しかし、それだけが感慨ではなかった。

 「物乞いをすることも出来るはず。
若い男が居ぬのなら尚のこと、
憐憫を呼びまする。
なれど、魚を捕り、百姓に雇われ。
ならば乞食ではございませぬ。
いつしかお家を再興せんという思い、
気概を感じまする」

 信長が目を見開き、ふっと笑った。

 「面白い見方をする。
成程、如何に貧しかろうと誇りを失ってはおらぬと、
仙は左様に見るのだな」

 「違いましょうか」

 「いや、かもしれぬ。
儂には単に惨めな姿と想像された。
だが、仙の言うことはもっともだ。
それこそ武門の家柄、魂。
先だっての日根野や大木もそうだが、
落ちぶれるにも、
落ちぶれようというものがある。
何もかも根こそぎ奪われた服部家だが、
中洲でも河原でも、
開墾の許しが欲しいと言えば苦しからずじゃ。
滝川もそのつもりで見ているのであろう」

 華やかな昇竜模様の入った絹の掻巻(かいまき)の中で、
信長が仙千代を今一度抱き直した。

 「ひとつの物事から幾つもの答を拾う、
仙の成長を見ると頼もしく、
この先がますます楽しみになる」

 信長の着物に焚き込められている伽羅(きゃら)の香りと、
二人が発した汗の匂いが布団の中で混ざり合う。

 「あとひとつ、思うことがあるのです」

 「申せ」

 信長の眼差しはあくまで優しかった。




 
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