第300話 京の南(3)

文字数 729文字

 仙千代は尚も作業を続け、
流石に背や腰が相当に痛んだが、
主の未来が光り輝いていることが爽快でたまらず、
どれだけの広さを刈ったか、
分からぬ程だった。

 気付くと、信長が目の前に居た。

 「仙!張り切ってやっておるな!」

 「上様!」

 「汗びっしょりじゃ」

 と信長は仙千代の額を手拭いで押さえ、
次に、ふと仙千代の頭に手をやり、

 「草の実が」

 と言って、髪についていた草の種を払った。

 「恐れ入ります」

 「硬いことを申すでない」

 信長は気楽な調子で親密に振る舞うが、
昼の日中(ひるのひなか)で、
仙千代は他の目が気になって、
余所余所しい態度をとった。

 「やけに愛想が無い」

 「では、」

 「何だ?」

 「上様こそ、御髪(おぐし)に……」

 「む?」

 仙千代は手を伸ばし、

 「御無礼仕ります」

 と言って、

 「これが御髪に」

 と信長に見せた。
それは全身が黄緑色の蜘蛛で、
胴体には網目模様があり、(うろこ)状に見えることから、
鱗脚長蜘蛛(うろこあしながぐも)と呼ばれる翡翠(ひすい)の色をした蜘蛛だった。

 「また何と美しい」

 「蜘蛛は幸運を呼ぶと言われております」

 「迷信とはいえ、
左様に言われれば嫌な気もせぬのが面白い」

 仙千代は数歩行き、
蜘蛛を人の気配が無い草叢(くさむら)へ放った。

 信長は、

 「明日は堺近くまで進軍し、
十河(そごう)香西(こうざい)を討ち果たしてくれる。
両名を討てば三好は手足を捥がれた(もがれた)も同然。
吉兆の蜘蛛も見え(まみえ)幸先(さいさき)良好この上なしだ」

 と笑顔を見せ、
勝九郎が差し出した竹筒の水を呷った(あおった)

 後ほど、竹丸が、

 「まこと、上様の御髪に蜘蛛がついておったのか?」

 と仙千代に訊いた。

 仙千代は、

 「さあ。どうであったかな。忘れた」

 と答えた。
 竹丸は、

 「蜘蛛が好いておったのは、
仙千代の袖の内あたりであったのやもしれぬな」

 と推量し、愉快そうに笑った。
 






 

 

 



 


 




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