第291話 土倉商(3)

文字数 896文字

 仙千代が述べる。

 「気遣ってくださったのです」

 「気遣って?」

 「上様を前に申し上げにくくはございますが、
足利幕府を再興せんと上様が上洛の途にありました折、
上様の従軍要請を六角義賢(ろっかくよしかた)が断った為、
軍事衝突から近江国 湖東の高念寺が焼失しました」

 「高念寺……はて、覚えがないな。
幕府再興といえば十年前か。
まあ、良い。して、その寺がどうした」

 「かつて足利家の御係医(おかかりい)を務めた横倉家は、
かの地が発祥だと聞いておりましたので、
昨今、高念寺の再建が成ったことに祝意を述べました。
すると、甘茶と菓子を供されたのでございます」

 彦七郎が加わった。

 「横倉屋の力で再建立となったのが高念寺なのです」

 弟の彦八郎も入った。

 「こちらが高念寺の件を知っておったことに、
横倉屋は感じ入ったのか、
強張っていた表情がそこで一挙に変わり、
時候の話から湖東地域の自然、
ひいては水源、交易の話と移り、我ら三人、
大いに学ばせてもらうことにもなって、
時が過ぎてしまいました」

 「寺の再建を知っておったのは、
仙千代のみであろう」

 長秀が突いた。

 「仰せの通りにございます」

 「左様でございます」

 兄弟が悪びれず、すんなり認め、
長秀が呆れ半ばに苦笑した。

 「万仙は何故、その寺の話を知っておったのだ」

 貞勝が尋ねた。

 「美濃と京の往来の際、
あの一帯を通り掛かります。
昨年あたり、
相当な銘木を運んでおる人足達を見掛け、
気にしておりましたら、
高念寺という名の記された鉢巻をした者が混じっておりまして、
十年の時を経て、新たな御堂が建てられるのだ、
これも上様の天下平定の御功績の賜物、
真にめでたいことだと喜んでおったのでございます」

 平たく言えば、
信長が六角義賢と衝突し、あおりで寺が焼け、
その地の有力出身者である横倉基以が出資して寺を戻し、
徳政令に関しての書状を持って訪れた仙千代が、
思いの他、高念寺について感慨を滲ませたことで、
懐柔されることを受け容れたという話に思われた。

 借金棒引きの話だと分かっておったであろうに、
流石に門前払いはないであろうが、
それにしても、
易々と座敷まで上がり込んでしまうとは、
仙千代の何がそうさせるのか……



 
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