第202話 慕情の宴(2)

文字数 750文字

 信忠が清須の甲冑商、玉越を岐阜の城に招き、
清三郎を偲ぶ小さな酒宴を催すと仙千代が聞いたのは、
秋も深まった神無月末のことだった。

 通常、武士、しかも城主の嫡男が、
たとえ御用商人とはいえ一介の町衆と酒を酌み交わすなど、
有り得ない。
 しかし玉越は、長男の三十郎が、
長谷川橋介ら、信長のかつての小姓衆と共に、
三方ヶ原で武田軍を相手に戦い、討ち死にし、
信忠の側に仕えた清三郎も、
一向門徒の襲撃により命を落としている。
 信長もそうだが、信忠も、
身分の上下で人物評価をすることはないところがあって、
そのような性分は、
いかにも父子だなと仙千代はいつも見ていた。

 出来上がった鎧櫃(よろいびつ)は三郎が管理していて、
宴の席で信忠に披露し、渡すということだった。

 「若殿は誰と作ったか、お尋ねになるであろうなあ。
儂が単独で仕上げたとは到底、思われず」

 三郎が、言った。

 「頑張ったとお答えしておけば良い。
竹丸が手伝ったとも」

 「仙千代は?
むしろ、仙千代が、
清三郎から託されたようなものであったではないか」

 「うむ……いや、でも、いいのだ、
儂はいいのだ。
実は若殿は儂を余りお好きではないのだ。
あのような御人柄ゆえ、
それを表にされるようなことはないが、
何故だか左様なことなのだ。
故に、三郎と竹丸で作ったということにしておいてくれ」

 三郎は何やら言いたそうな顔をしたものの、
直ぐに、

 「……そうか。
何が何やらだが、まあ、仙の良いようにしておこう。
目的は清三郎の気持ちを若殿にお伝えすることだ。
それが最も大事だからな」

 「その通りだ」

 竹丸や三郎の手助けを得て鎧櫃が完成したことで、
仙千代は清三郎への義理を果たしたようで満足し、
また手伝ってくれた二人に感謝し、
友誼を確かめられたことが何よりも嬉しく、
それ以上、望むことは何もなかった。



 

 


 



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