第412話 仏法僧の夜(11)二人の秀吉③

文字数 745文字

 信長の人柄からすれば、
戦の行方を左右する重要な報をもたらした、
今回の豊田藤助のような者が来ているとなれば、
顔を見て、
直に称えることは十分あり得た。
 だが宴はけして大規模なものではなく、
家康が伴ってくる諸将も、
信長への遠慮から厳選の顔触れであるはずで、
そこに無役の藤助が混じったならば、
奇妙なことではあった。

 信長が家康の腹積もりを飛び越して、
藤助を招いた動機は、
仙千代が藤助を引き立てる口振りであったのを、
ただ聞き逃さないでいてくれたからだった。

 「感謝の言葉もありませぬ」

 「何故そこまであの者を?」

 「ああした男が好ましいのです。
何方(どなた)様の直臣、陪臣でもなく、
一介の野武士が如き者。
華やかな戦績と無縁かもしれませぬ。
なれど戦は、
あのような者の働きがあってこそ。
藤助のような者がお褒めにあずかれば、
下々の者は挙って(こぞって)発奮いたしましょう。
羽柴様の才を見込まれ、
名将にお育てあそばされた上様の御手並み、
家中の誰もが敬服し、
片時も胸から消えることはございませぬ」

 「そうだ。
ああした者なくしては、
如何なる名将も馬足の一歩も進められはせぬ」

 「仰る通りでございます」

 今は偶さか(たまさか)二人だけだった。

 信長が仙千代に、
つと歩み出て、髪を撫で、

 「よう日に焼けた。
それもまた良い」

 と間近で見詰めた。

 「上様」

 髪の続きで頬を撫でられ、
くすぐったいのを辛抱している。

 「何だ」

 信長の絡まる眼差しが離れなかった。

 「昨夜の評定で、
上様は酒井様をお叱りになられました。
山の裏手から奇襲をかけるとは、
田舎武士のやることだと」

 「確かに。それが?」

 信長の指は耳元へ移った。
 
 「奇襲戦、上様の頭の中にも、
おありだったのでございましょう?」

 今度は仙千代が信長の髪の乱れを直した。
 
「上様は、
壁の耳を警戒されて御
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