第132話 甲冑商 玉越(2)

文字数 917文字

 「合戦で亡くなるも、奇襲に遭って討死するも、
同じことでございます。
清三郎は願いを叶えた。
三十郎は町衆身分のまま亡くなりましたが、
清三郎は御侍となり、副将様のお傍に仕え、
時折、顔を会わせれば、いかに副将様が素晴らしい御方か、
前途輝く聡明な御方か、そのような話ばかり。
清三郎は織田様の御家臣として命を全うし、
何の後悔もなく、今、浄土に向かっております」

 信忠、三郎、清三郎の兄達は声を放ち、泣いた。
玉越だけが涙を止め、
目をぐっと閉じ、歯を食いしばっていた。

 「命からがら持ち帰ってくださったこの瓢箪を焼き、
灰を玉越家の墓に収めてやろうと存じます。
清三郎のそれでいい、それが嬉しいという声が、
聴こえるようでございます……」

 誰よりも信忠が泣いていた。
顔を背け、握り締めた両の手は血色を失い、白くなり、
打ち震えていた。

 数多の人命を奪った自分が一人の近習を亡くし、
号泣している。
 その矛盾は、信忠には矛盾ではなかった。
ただ、失った存在を哀れみ、悲しんだ。

 「副将様の涙が何よりの供養ございます。
清の一生は幸せでございました。
副将様には御礼を申し上げ仕るのみでございます」

 信忠自ら、城郭の大手門まで三人を見送った。
通常、町衆は名字帯刀を許されていない。
しかし玉越家は、
織田家に昔年より出入りしている甲冑商だということで、
名字帯刀を認められていた。

 「畏れ多くも副将様の御見送りまで、
まこと、恐縮の極みでございます」

 信忠は力なく答えた。

 「何を申す。
清三郎のお蔭でここに居る三郎は永らえた。
一命をもって一命を救った清三郎に主君として、
こちらこそ、感謝の念に絶えぬ」

 「有り難き、有り難き御言葉……」

 「ふたたび岐阜で会おうぞ。
道中、せいぜい気を付けよ。
どうやら一揆衆は辺り一帯に未だ身を隠しておる」

 「ははっ」

 清三郎の兄の一人が瓢箪を背に括り、
父子三人は、
武装した使用人を数人従え清須へと帰っていった。

 清三郎の父、兄達に気配りを見せつつも、
身体の芯に力が入らないまま信忠が、
三郎達近習と城へ足を向けると、
小木江城からの使いが到着し、三郎が書状を受けた。

 立ち読みはしない。
信忠は居室へ戻り、三郎が読み上げた。

 
 

 

 

 





 

 

 

 

 


 

 


 

 

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