第340話 *帰還の夜(5)*

文字数 1,688文字

 ……仙千代の好む箇所を知り尽くしている信長は、
先程まで絶頂に向かって導いてくれていたのに、
今は舌に舌を絡め、唾液を交換するのみで、
その手は仙千代の頭や頬を包んでいた。
 仙千代は全裸で、
信長は襟や裾が乱れているものの夜着のままだった。

 褥の上で抱き合って、しばらくの間、
ただ口を吸い合った。
 合間合間に互いを呼び合い、
いつの間にか仙千代の信長への呼び掛けが、
上様から殿へとなっていた。
信長が言うには信長を殿と呼ぶのは、
今や閨房での仙千代だけだということで、
仙千代は恐縮したが、
信長は仙千代なればこその興趣だと言って気にしなかった。

 「殿、御手をお動かしくださいませ」

 真上を向いて立ち上がった陽茎が快楽の行き場を失って、
仙千代を見悶えさせた。

 「うむむ……愛し過ぎて何も出来ぬ」

 「……困ります」

 単に本音だったが、
信長を一段と燃えさせてしまい、
またも口吸いが続いた。

 「仙千代、愛しい」

 「はい……」

 「好いた女子(おなご)は居らぬのか」

 一晩泊まりで出掛ける前と同じ問いだった。

 「居りませぬ」

 いつしか信長の胡坐座(あぐらざ)の上に座らされ、
背後から耳、首、肩へと口づけされながら、
胸も撫でられた。
 乳首は痛いような痒いような感覚で、
好きではないが、
好きではないと言って嫌がると、
面白がって余計に触るので我慢している。
 臀部に信長の雄の屹立がはっきり分かった。

 「行かなんだのであろうな、祭禮(さいれい)に」

 何故そのように祭にこだわるのか。
仕方なく先日と同じ答を返す。

 「祭の時期ではありませぬゆえ……」

 「まことか」

 嘘ではないと知っているのは仙千代以外では、
信長だった。

 「行きようがございませぬ、
有るはずもないものに」

 「なれど、興味はあるであろう、
草を枕に村の若衆が娘を相手に……」

 先だってと同じことを繰り返すので呆れ、
半ば戯れで言った。

 「ないと申せば嘘になります、男ですゆえ」

 「ううむ、そうか、であろうな、うむ」

 信長の右手がようやく仙千代の股間に動いた。

 「殿、殿……」

 「何を見たのだ、そこで」

 「鳥居が……神社の……」

 「そうではなく、
もっと艶っぽいものを見たであろう」

 男女の行為を図解や絵草子で知ってはいるが、
想像の域を出ず、
いつもの自分と信長の姿を男女に変えて頭に描くしかない。

 「若衆が娘にかぶさっておりました」

 「うむ、それで」

 「何やら蠢いて(うごめいて)……
しかも、あちこちの茂みで……」

 「蠢いて……あちこちで……ううむ……」

 これ以上はしたないことを口にするのは憚られ、
その先は、

 「……声を聞きました」

 と、逃げた。

 「如何なる声じゃ」

 答えれば愛撫を受けられるので、
可能な限りの妄想を繰り出した。

 「猫の仔が母猫を求めるような……」

 と言うと、

 「それでは猫の集団出産ではないか。
あちこちの茂みで蠢いたのは産気づいた母猫なのか」

 と文句が出た。

 「申し訳ございません!
なれど、
見てもいぬものを見たに違いないと仰せになりますゆえ、
困るのです……」

 これは本心で、仙千代は口を尖らせた。

 「それじゃ、その困る顔がたまらぬ」

 信長は仙千代の身体の向きを変え、
向かい合いで抱えると間近で見詰めた。

 「頬の、この笑窪(えくぼ)が何とも、また……」

 薄闇の中にいくらか髪の乱れた信長が、
仙千代の笑窪を指先で撫で、
眼差しを重ねて外さなかった。

 「仙千代」

 「はい」

 「いつか、仙千代も儂から離れる……
大人になって。
それを思うと嬉しいような寂しいような」

 「まだ先でございます」

 「うむ……」

 信長は夜毎、側室方と褥をあたため、
満ちているかもしれないが、
仙千代は疼きも渇きもあって、身も心も急いた。

 「殿、その日まで可愛がってくださいませ、
一夜でも多く……」

 仙千代は信長に身を預け、
半ば押し倒すようにすると、
口づけながら夜着の襟をぐいと剥ぎ、
脚と脚を絡めながら下帯の中へ手を入れた。
初めて目にした時に恐怖を覚えた一物が、
今は愛しく思われた。
仙千代の手が弄って(まさぐって)在処(ありか)を知ると、
信長の官能を呼ぶ動きを加えた。
 やがて、吐息も喘ぎも、
どちらがどちらなのか不明となって溶け合った。


 

 





 


 

 

 

 

 

 

 


 





 

 
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