第295話 土倉商(7)

文字数 1,137文字

 貞勝が、

 「万仙のお陰で明日の横倉屋の訪問はなくなり、
本日を限りに御再興の件はすべて片付きました故、
明日は、
九郎左衛門の処務を手伝ってやろうかと思います」

 と、信長に告げた。

 塙九郎左衛門直政(ばんくろうざえもんなおまさ)は、
信長が尾張統一する前からの側近で、
直政の亡き妹の直子は、
信忠の庶兄にあたる信正を産んでいた。
 信正は、
塙家の家格を故として嫡男とはならなかったが、
十三才で元服し、
村井貞勝の養子に入った後は村井重勝と名乗り、
現在は大隅守(おおすみのかみ)となっている。
 つまり、貞勝は、信長の庶長子の養父でもあった。

 「九郎左(くろうざ)を、よく助けてやってくれ。
大和の守護に任命したところ、
武家が守護とは前代未聞だと寺社が騒いで喧しい(やかましい)のだ」

 「聞き及んでおります。
興福寺あたりは、これでは大和国一国、
そして寺社は滅亡すると宣い(のたまい)
後は神慮次第であると喧伝しておるとか、おらぬとか」

 信長は直政を重用し、信を厚く置いていた。
 大和の守護に直政を任じたのは、
力と権益が入り組んで縺れて(もつれて)いることでは、
京に匹敵、いや、それ以上のものがあり、
極めて難しい土地柄である為だった。
 昨年、蘭奢待(らんじゃたい)切り取りの際、
行事の奉行を直政は間違いなく務め、
織田家内では大和の諸勢力と、
まだ(よしみ)のある方だった。
 
 京には朝廷がある。
帝を押さえれば公家公卿は従った。
大和にはそれが無い。
しかし歴史は京以上に古いときていて、
寺社や旧勢力、新興実力者達の間の利益調整に於いて、
悩まされる話に事欠かなかった。
 大和は古代から発展し、
かつて王権が置かれた由緒ある地域であり、
神社仏閣が数多存在して大きな勢力を誇っている。
平氏などは大和の平定に手を焼いた挙句、
東大寺焼討を行って、征圧しようとしたが、
それさえ失敗している。
 鎌倉、室町の両幕府共、大和には、
守護を置くことができなかったほど、
かの地の支配は困難とされていた。

 「大和の筒井順慶を明智十兵衛の与力として置き、
九郎左の補助としておるが、
寺社の憤怒は収まっておらぬようだな」

 「後は神慮次第など、無礼にも程がございます。
上様が東大寺はじめ、保護策を発布しましたが、
興福寺も法隆寺も、
神仏に仕える者は護られて当然という考えが透けて見え、
甚だ鼻持ちならず、押しても引いても、
煮ても焼いても、まったく食えぬ奴等でありまして」

 「どうだ、九郎左と代わってやるか?
大和の古狸や化け狐と一戦交えるは愉快やもしれぬぞ」

 「とうてい一戦では済みませぬ故、
九郎左の助太刀あたりで勘弁願いとうございます」

 貞勝と冗談を言いつつ信長は、
一点を見詰め傾聴している仙千代を見ていた。
勝九郎や彦七郎兄弟とて、
各々(おのおの)特筆すべきところがあって、
皆、優秀なのだが、
このような話を仙千代ならばどのように解釈し、
考えるのか、今は非常な興味を抱いた。




 
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