第424話 仙鳥の宴(10)秀吉贔屓⑥

文字数 1,327文字

 「算段。確かに。
とはいえ明智様には明智様の算段が、
それこそ、おありだったのでしょう。
戦支度との兼ね合いで、
止むにやまれず、
竣成を急がれておられたのやもしれませぬ」

 「いやいや!
あれが又左であれば、
たとえ我が身が苦しくとも、
五人十人と回してくれたはず」

 ですから、
明智殿と前田殿は違うのですよ、
御二人は別なのですよ、
別人なのですよ……

 仙千代は胸に浮かんだ台詞を、
言い換えた。

 「羽柴様と前田様の水魚の交わり、
また、御二人の御気性ならば、
左様でございましょうね」

 「明智、
何処をどう彷徨(さまよ)って得たか知らんが、
何やら学を振りかざし、京人(みやこびと)ぶって、
どうにも鼻持ちならんで」

 と言う秀吉も非常な努力家で、
茶、歌、書と、名のある師を招き、
熱心に学んでいると聞いている。
 ただ今は、傾聴の素振りで秀吉に、
毒を吐かせるだけ吐かせた。

 「(さかのぼ)ること四年、比叡山征伐。
儂は女子供は助けるべし、
全員は無理でも少しでもと思うておったが、
明智めは上様の御考えの上をいく根切りぶり、
常は大人しい顔をしておるだけに、
油断も隙もないとはあれよ。
仙殿も努々(ゆめゆめ)あの男に騙され召さるな」

 仙千代はまだ黙っていた。

 「ああ、恐ろしや。
小賢しい明智に負けとうない。
城普請に明智が呼ばれ、
儂の名が無かったらと想像すると、
夜も寝られぬ」

 算術が出来、目端が利いて、
利に聡い秀吉が、
誰もがその好敵手だと認める光秀のこととなると、
顔を赤くして、
たかが一小姓に赤裸々な心情をぶつけてみせる。

 ここが憎めぬところか、
饅頭を欲しがって鳴き騒ぐ子供のようだ……

 今の信長が城を建てるからには、
かつて誰も見たことのない、
雄壮華麗な城郭になるはずで、
家臣として、まして奉行として、
築城に携わる栄誉は計り知れない。
 秀吉と光秀は、
織田家中で急成長を遂げている両輪で、
競い合う心理は武功だけに止まらないと、
仙千代はあらためて思い知った。

 秀吉が仙千代に向き合い、
ぐいっと身を寄せた。

 「上様の御寵愛深い万見殿。
仙殿なればこそ、お口添え下され。
儂も御奉行の一員に加えていただきたく。
どうぞ、この通り」

 次に秀吉は一歩下がり、(こうべ)を垂れた。
 前に出たり退いたり、
まったく忙しい男だった。

 篝火の下で石田佐吉が、
そんな主と仙千代を見ている。

 「おやめください。
頭をお上げくださいませ」

 秀吉は今度はツッと歩み寄り、
仙千代の手を両手で包み、
ぐいぐい握った。

 「悪いようには致しませぬ、
上様のお役に必ずや、必ずや!」

 さあ、来た、
この後は何を出してくるのかと、
仙千代は思った。
 が、口調の落ち着きは崩さなかった。

 「天下布武の集大成となる御城には、
御家来衆や臣従の御歴々のみならず、
各地の大身や大商人、
何方(どなた)(こぞ)って、
我も我もと力を尽くされることは明瞭にて、
当然そこには明智様もお入りになられるでしょう。
流石にそれは止められませぬ」

 「先程は丹羽様が奉行に選出されれば、
この藤吉郎にも吉報がと言われましたぞ」

 宴で酒も飲まず、
仙千代であれ、竹丸であれ、長頼であれ、
信長の側近に食らい付こうと素面で待ち受け、
何とか城普請の役職を得ようという熱意、
それはけして否定されるべきものではなかった。

 それでも仙千代は、
秀吉の焦燥の火に油を投じた。

 
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