第148話 小木江城 一揆の兄弟(1)

文字数 982文字

 信忠は三郎を伴い、仙千代の部屋を後にした。
 仙千代が、
今後は出されたものを残さず食べると誓ったことは、
信忠をひとつ、安堵させた。
 摂るものを摂らなければ、
どれほど良い薬を飲もうが休養しようが、
快癒は遠い。
 
 一向一揆衆の凄惨な状態は既に極限のはずで、
あと十日、いや、早ければ、三日、四日の内には、
降伏を申し出てくるに違いなかった。
そこを織田軍は攻め立て、
弓、鉄砲で一揆勢を根絶やしにする。
 
 勝敗の行方は明らかだった。
完全勝利を得た後は、
直ちに岐阜へ向かうことになっている。
戦地では執り行うことが難しい政務が、
山のように待っていて、それと並行し、
いったん兵を休ませ、武器弾薬を再調達した後は、
越前の一向宗と対峙している秀吉や、
畿内の三好三人衆の残党を抑えている光秀に対する援護も必要で、
加勢の準備をしなければならない。

 近習達が待つ馬出しへ向かう途中、
信忠は先導の竹丸にふと訊いた。

 三郎は後ろに付いている。

 「時に、万見を襲った二人はどうなった」

 「はい。五日前、亡くなりました」

 「五日前……」

 「正確には一日違いで亡くなりました。
二人は兄弟で、まず弟。翌日、兄が」

 仙千代がこの小木江の井戸端で襲われたのは、
二十日ほど前だった。
 つまり賊の二人は、この十五日間、
死ぬことを許されぬ情況に置かれていたということだった。

 日に一本づつ指を切断された挙句亡くなった浅井長政の母、
阿古の方が思い出された。
 賊は、九分九厘、
それ以上に苛烈な目に遭って死したことは、
まず間違いがない。

 信忠ははっと気付いた。

 「万見はそれを聞いたのか」

 歩みを止めた信忠に竹丸が合わせ、立ち止まり、
身体の向きを変え、相対した。

 「兄弟二人の死後、
総大将様が詳しく伝えておいででした。万見に」

 「万見に……詳しく……」

 おそらく父は仇をとってやったという意識で、
仙千代を激励せんとして語った。
 しかし、仙千代は生涯初めて真剣を交え、
重傷を負い、高熱で生死を彷徨い、
意識を取り戻した後、親しかった友の死を知り、
心身共に極限にあったはずだった。
 そこへ、凄惨な取り調べの委細を聞かされれば、
白兵戦に巻き込まれたことがあるとはいえ、
実戦の経験すらない仙千代がどのような心理に陥るか、
信長のような精神の強靭さを持ち得てはいない若輩者が
どのように受け止めるか。

 信忠は暗澹たる思いを抱いた。




 
 

 
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