第182話 長良の船着場(3)

文字数 1,200文字

 戦国の世で、子は柱、係累は力だった。
信長が長島一向一揆平定戦で喪った一族、親族は、
かつてない数にのぼり、
立ち回りを間違えば今すぐはともかくとして、
将来、体制の弱体化に繋がりかねない。

 遠い何かを見据えるように竹丸は静かに語った。

 「新たに羽柴様、明智様が力を付けてきておられる。
殿は御二人の力を特別頼りにされ、
此度の大合戦の間にも越前、畿内をお任せになり、
手勢を差し向けられた。
斯様な風潮が今後いっそう、増してゆくのであろう。
何をするでも、御連枝衆や譜代の臣下だけでは足りぬ。
今日の敵も味方とし、有能な武将を集めに集め、
天下統一に邁進される。
余りに多くの有縁の方々を殿は亡くされた。
余りに多くの方々を……」

 その眼差しはあくまで遠かった。

 確かに、親族を喪った悲しみは深い。
しかし、戦乱の世では、
それが悲しみばかりを意味するのではない。

 ふと思い付き、仙千代は言った。

 「大木兼能(おおきかねよし)日根野弘就(ひねのひろなり)はどうなったのか」

 「確かに。大将首が出たとは聞いていない」

 「明日には殿に仕官を申し出、
織田家に臣従しているやもしれぬな」

 「長年、あれほど殿を苦しめ続けた武将の御二人。
過去を詫び、心を入れ替えると約すなら、
殿は許されないとも言いきれず。
となれば、直ちに我らにも力強い御味方となる。
皮肉にも。まったく皮肉だ。
戦の世の常とはいえ……諸行無常だ……」

 いつぞや信長が手に入れた、
秘宝中の秘宝である香木の蘭奢待(らんじゃたい)は、
信長により天皇にも贈られた。
 その後、仏師に細かく切らせたものを、
仙千代、竹丸も授けられ、有り難く頂いたが、
二人が茶会の片付けをしながら雑談混じりに予想していたとおり、
帝は信長との関係が潤滑とは言い難い毛利輝元に、
信長からの蘭奢待を下賜したと伝え聞く。
 信長の庇護を受け、
ようよう威厳と暮らしを維持している宮廷が、
信長の仮想的に蘭奢待を渡し、関係性を複雑にする。
 文字通り、昨日の敵は今日の友、逆もまた真で、
ただ戦場で刃を向け合うだけが戦ではなかった。

 「堀様は、万一にも、本願寺との和睦が成れば、
顕如法主からの法名を、
感謝の上にも感謝して頂戴する用意があると話しておられた。
冗談でなく、近い内には、大木兼能、日根野弘就と我らは、
同じ釜の飯を食っておるかもな」

 と仙千代は言い、
行軍の途中で見付けて捥いだ(もいだ)アケビを割り、食べた。
 最初少し苦く、ねっとりとした果肉は柿にも似た甘さで、
難点は種が多いことだった。

 仙千代がぱくついては、上手く種を口から飛ばすのを、
竹丸も真似た。

 「竹、そうではない、吐くのではない、飛ばすのだ」

 「仙のように上手く出来ぬ」

 「左様な食い方、見苦しいぞ、種を吐くな。飛ばすのだ」

 「出来ぬものは出来ぬ」

 「だから。儂を見よ。斯様にやるのだ」

 仙千代が手本を見せ、竹丸が真似る。
 
 二人のやり取りは当分続いた。
 結局、最後まで、
竹丸はアケビの種を飛ばすことが出来なかった。



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