第171話  河内長島平定戦 朱染めの房紐(1)

文字数 602文字

 助命を許した信長に、
大木兼能(おおきかねよし)日根野弘就(ひねのひろなり)ほどの武将が、
露ほどの疑いも抱かず撤退するとは考えづらく、
敵軍は武器を捨て、
丸腰で乗船する約束を飲みはしたものの、
もし抵抗を見せるのであれば、
織田軍の攻撃を受けた直後に、
長島城から僧兵、雑兵が打って出てくるに違いないと信長は読み、
努々(ゆめゆめ)油断することがないよう、
全軍に厳しく指令を出していた。

 波穏やかな伊勢湾。
 秋日和の早朝。
 
 滝川一益、九鬼嘉隆が用意した数多の大船が、
長島城に接岸された。

 一揆の集団がよろめく足取りで乗り込んでゆく。
肉の薄い、痩せさらばえた足は遅々としている。
 が、摂津の本願寺へ辿り着いたなら、
顕如法主の許で念仏三昧の暮らしが待っている。
 一揆衆は、萎れ、やつれた姿の中にも、
どこか安らいだ表情が見えた。

 「あれに見えるは!下間頼旦(しもつまらいたん)!」

 一揆勢敗退の始末の段取りで、敵の本城に出向き、
頼旦と面談し、つい先ほど戻った秀政が叫んだ。

 「頼旦は白頭巾でござる!」

 下間頼旦は、
親鸞嫡流である顕如が法主を務める本願寺派の僧であり、
長島の願証寺に於いて最も高い権限を得て、
長年この地の一揆勢を指導、指揮していた。

 頼旦が船に乗り込み次第、
織田軍は一斉攻撃を開始することとなっている。
 船はそのまま、棺桶となる策戦だった。
 
 側仕えが頼旦を囲むように進む。
遠くに霞む頼旦と一瞬、目が合った気がした。
 その目が何を訴えようとも信長に響くことはなかった。




 
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