第329話 帰郷(17)

文字数 1,584文字

 日が真上にある内に仙千代主従は発った。

 万見本家の当主である伯父、仙千代の養父(ちち)
万見家の従兄弟、幼い甥達、
彦七郎の実家の男達、
そして新たな家臣、近藤源吾重勝らが村はずれまで見送った。

 常は静かな海辺の村で、訪れる旅の者も居ない。
それが、
今や、足利将軍に成り代わり世を治める織田信長の側近、
しかも数年前までこの地に住まわっていた若衆がやって来たのだから、
好奇心盛りの若者や男児は、
ざわざわと村の出口辺りまで付いてきた。
 もちろん、そこには知った顔もあって、
目が合えば互いに笑みが出た。

 上様は祭禮(さいれい)に行くでないとお命じになられたが、
村の衆が見送る様はまるで祭りの行列じゃ……

 出立前、仙千代は養母(はは)から褌を渡された。

 「母上、また、たいそうな枚数ですね」

 感謝を込めて受け取った。

 「縫物をしていると、
仙千代殿を身近に感じられ、楽しいのです」

 なかなか会えない寂しさを、
母はそのような言い方をして和らげた。

 万見の父と仙千代が書簡のやり取りをすると、
時に母は、そのようにして縫った下着や小袖を、
使者に持たせてくれていた。
 着物は、勤めを離れ、寛ぐ際に着るようにと、
落ち着いた淡い色彩のものが主で、
実家へ姉達が顔を見せれば、
母は娘達と、仙千代を思いつつ、針を進めた。

 鯏浦と岐阜はけして遠すぎはしないが、
側近勤めと遠征に明け暮れ、
今回の一泊はしみじみ貴重な帰省となった。

 「いずれ再び、お会いしましょう。
どうかくれぐれも、御身、御大切に」

 次に会い見舞うのがいつなのか、
約束はできないことだった。
 それは誰もが知っていた。

 母は泣きながら笑い、笑いながら泣いていた。

 「姉上達もどうぞ、お元気で」

 と言った仙千代に、四人の姉が口々に、

 「仙千代殿こそ!」

 「武運長久、朝に夕に願っております」

 「しっかり食し、しっかりお休みなされ!」

 「再会を楽しみにしております!
必ず、必ず!」

 最後、母は泣き顔を見せたくないのか、
姉達の後ろに隠れてしまった。
 妹は仙千代が与えた絵草子を胸に抱き、
瞳に涙をいっぱい浮かべ、
涙が頬を伝わった瞬間、

 「兄上!」

 と呼び、
仙千代に向かい走り出そうとしたところを、
すぐ上の姉に止められ、

 「きっとまた、来てくださいね!」

 と、声を張り上げた。

 村はずれに向かって皆で歩を進めているだけなのに、
ニコニコと嬉しそうな民草の童達を認めると、
そういえば、
一帯で鷹狩りが行われるというと、
大人達は狩猟を禁じられたり、
侵入禁止区域を設けられたり、迷惑がっていたが、
村の他の子供達同様、
幼い仙千代や彦七郎、彦八郎は何日も前からワクワクし、
当日ともなれば、
鷹狩りの一行を追い掛け、
遠巻きに見物をして、
時に警備のお侍に邪魔だと叱られつつも、
何もかもに興奮し、楽しく過ごしたものだった。
 村の子らには、鷹狩り同様、
仙千代達はおそらく祭の神輿のようなもので、
何やら珍しく、浮き立つ存在なのかもしれないと、
仙千代は微笑ましく見た。

 「さあ、いつまでも付いていっては、
却って迷惑になる。
ここらで(いとま)を告げ、
背中を見送らせてもらうとしよう」

 と、万見の伯父が歩みを止めると、
全員が倣った。

 仙千代は皆々に、

 「ほんに懐かしく温かな一日でござった。
新たな出会いも深謝この上なく、
伯父上はじめ、
皆様の御支援、けして忘れるものではございません」

 と、礼を述べた。

 並べてみると、伯父と父は、
そっくりだった。
 若い頃にはそうでもなかったはずが、
今では面立ちのみならず、
一挙手一投足、雰囲気が実に似通っていた。
 彦七郎の一家も同様で、
一堂に会すると市江家は市江家で何処か、似ていた。

 仙千代達は北に進路を向けた。
 つい昨年、
織田の大軍が集結していた二間城も、
今では長閑な眺めで、(はす)の葉が青々と広がっていた。

 と、蓮田の畔の合間合間を、
ちらちらと動く影があった。





 

 
 

 


 


 






 
 

 


 

 

 


 
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