第251話 垂井の竹林(3)

文字数 1,299文字

 いつしか雪は止んでいた。

 仙千代は空を仰ぎ見た。

 「風花(かざはな)が止まった。夕陽も射している。
娘御に笑われるであろうよ、
竹が未練に泣いておったら」

 「そうだな。そうかな……」

 「相撲でも取るか?
すっきりするぞ、身体を動かせば」

 信忠に疎んじられて、
悲嘆と愛慕と口惜しさが混じる日々、
務めに没頭していればその間だけ、
信忠を忘れていられた。
また武術の稽古で汗を流したり、水練をすると、
心地良い疲れが胸のつかえを拭ってくれた。

 「仙はたわけか。色恋の悲しみを何故、
相撲などで紛らわせねばならん。
まったく信じられん。
斯様なたわけが我が友だとは」

 「まあ、無理にとは言わん。じゃあな。
寒さに震えて一人泣いておれば良い」

 仙千代が背を向けて歩き始めた途端、
肩をぐいっと掴まれた。

 「あっ、ずるいぞ!」

 「憎らしいことばかり言うからじゃ!」

 「不意打ちとは!ううっ、苦しい!」

 「油断するからじゃ!」

 仙千代より少しばかり背の高い竹丸が、
背後から羽交い絞めにして、耳元に叫んだ。

 「好きだ、好きだ、大好きなのだ!
好きで好きで堪らないのだ!」

 仙千代は笑いが止まらなかった。

 「耳が痛い!
儂に言ってもどうにもならん!」

 「本当に好きなのだ!
愛しくて愛しくて……心から。
故に儂は……」

 最後、竹丸は涙声になった。
仙千代は竹丸の腕の中で身を返し、

 「今から娘御の許へ行け!奪いに!」

 仙千代は竹丸に強く抱かれた。

 「仙千代!」

 「おう!分かった!
二人で今から奪いに行こう!竹姫を!」

 「仙千代、仙千代!」

 竹丸の涙が仙千代の頬に伝わった。

 「仙千代!好きだったのだ、仙千代!」

 「分かっておる、分かっておるとも!
竹の純な思い、確と(しかと)知っておる!」

 「知っておるのか?!」

 竹丸がいったん身を離し、仙千代を見据えた。

 「儂の思いを?」

 「おう、知っておる!」

 「まことか?」

 仙千代は満面で微笑んだ。

 「まことじゃ!
友の気持ちが分からいでどうする!
よし、かくなる上は参るぞ、奪いに!
竹姫も夜ごと竹丸を思い、
枕をひっそり濡らしておるはずじゃ!」

 竹丸の瞳は何故か一気に虚になった。

 何だ?儂はおかしなことを言ったのか?
まあ、良い、とにかく竹が気の毒だ、
想い人をすんでのところで逃がすとは……

 「仙千代……」

 「真剣な話……今からでも遅くはないのだぞ、
慕い合う二人が結ばれるよう、
殿にお願いするのだ。
子が五人、六人も生まれた後では何だが、
今なら間に合う」

 嫁いで夫と気が合わず、
直ぐに帰ってきてしまう娘も居ると聞く。
 仙千代が言うことは、
強ち(あながち)無いでは無いことだった。

 「馬鹿者、仙千代の馬鹿者!」

 「またも馬鹿扱いか!
ああ、もうっ、傷心の痛手を儂にぶつけるな!」

 「仙千代!」

 またしても骨が砕けるほどに強く抱かれた。

 「いてて!儂に鬱憤をぶつけるな!痛い!」

 仙千代は可笑しいやら、腹が立つやら、
呆れるやら、必死に腕から逃れると、
仕返しとばかり相撲よろしく竹丸の脚を払い、
転倒させると馬乗りになり、

 「仙千代山の勝ちー!」

 と気勢を上げて拳を突き上げた。

 そこへ声が響いた。

 「竹!仙!何をしておる」

 信長だった。



 

 

 





 

 

 

 

 
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