第95話 狼煙

文字数 1,152文字

 長島一向一揆制圧戦は、
信忠軍が火蓋を切ることになった。
 
 東西と北を河川、南面を海に囲まれた長島の地は、
極めて攻め辛い自然の要害だった。

 信忠は先鋒を森長可(ながよし)に命じた。
 長可は信長の尾張統一戦すべてに付き従った古参の忠臣、
可成(よしなり)の子で、
可成は浅井長政の裏切りにより、信長の異母弟(おとうと)、信治共々、
宇佐山城で討ち死にしていた。
 長可自身、
実質上の初陣となる前回の長島攻めで敗退を喫していることから、
今回の制圧戦に賭ける意気込みは、只ならぬものがあった。

 長可が一江砦の門に突撃すると、
続いて池田恒興、長野信包(のぶかね)が続いた。
恒興は信長の乳兄弟にして、娘が長可との婚姻が決まっていた。
信包は信忠の叔父で、やはり恒興の乳兄弟だった。
 制圧戦の口火を切る信忠軍に失敗は許されなかった。
信忠は、勝利の狼煙(のろし)を上げる為、
自軍三万の組織図を綿密に頭に叩き込んでいた。
 
 油断なく攻め立てた信忠軍は、
五百ほどの兵で守る一江砦をあっという間に壊滅させた。

 やがて、夜陰に砦から火の手が上がり、
炎が月の光に加勢すると、
轟音を立て、燃え落ちる砦が辺りを照らした。
 爆ぜる火音に、諸将の馬の戦慄き(わななき)
兵達の勝鬨の声、武具甲冑の金属音が共鳴する。

 信忠を脇で守る三郎が、誇らしげに放った。

 「副将様初の大将戦、
無事に勝利と相成りましてございます!」

 信忠も壮大な紅蓮の図絵をじっと見詰めた。
その心中を察するかのように清三郎が続けた。

 「亡き叔父君様に捧ぐ、
巨大な御焼香のようでございます」

 長島勢に対する信長の目の色が変わったのは、
鯏浦(うぐいうら)城、小木江(こきえ)城という二つの城を守護していた異母弟(おとうと)
信興を一揆勢により失った時のことだった。
 以後、四年の間、信長を最も苦しめたのが、
石山本願寺の顕如を頂点とする真宗門徒の各地での反乱、
中でも特に、この河内長島だった。
 事実上、織田家としては四度目の交戦となる今回、
まかり間違っても敗北は許されなかった。

 三郎が奥歯をぐっと噛み締めて、
燃え盛る砦を見入る隣で、
清三郎も強く眉根を寄せ、炎を凝視していた。
 共に右手には、
信忠が下賜した打刀の(つか)がしっかりと握られている。
それら刀身が抜かれたことは未だ無いが、
血色が変わるほどに硬く握られた手には、
信忠を護り切るという二人の強烈な意思が現れていた。

 翌日には九鬼嘉隆、滝川一益率いる大船団が到着し、
長島を囲む海と河川は織田軍の軍船で埋め尽くされた。
砲台を乗せた安宅船(あたけぶね)だけでも百隻以上あり、
光景は圧巻だった。
 信忠軍は五明砦も攻略し、
兵は九鬼嘉隆の船で長島方面へ移送された。

 一揆勢が立てこもる城や砦は、
元は織田家が築いたものが少なくなく、
それらの弱点をつく戦略で、
織田軍は少ない犠牲で戦況を有利に進めた。
 信長の本隊も、柴田勝家隊も、次々に城を落とし、
砦を破壊した。



 

 
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