第69話 信忠の閨房(2)

文字数 1,135文字

 熱を冷ますかのように、
信忠と三郎は裸のまま仰向けになり、天井を見ていた。
 燭台の炎が揺らめいている。

 「静かだな。今宵は風の音もない」

 「嵐の前の静けさでしょうか」

 三郎が言う嵐とは、
夏に予定されている長島一向一揆征圧戦だった。
石山本願寺の顕如が信長と敵対し、動員をかけた一揆衆により、
信忠の叔父、信興は四年前、自刃して若き命を散らせた。
その後、二度に渡り長島攻めを行ったが、
五万の軍で向かった一度目は何ら得るものが無かったばかりか、
殿(しんがり)を務めた柴田勝家が負傷、
変わって役を担った氏家卜全(うじいえぼくぜん)が死亡、
第二次長島攻めでも八万の兵を用いて尚、
本城を落とすことができず、
撤退する際、多芸山の狭道で白兵戦となった上、
殿軍がほぼ全滅する等、痛手は小さくなかった。

 「はじめに五万、次は八万……それでも成敗尽くせぬ一揆衆に、
何万で向かわれるのでしょう、この夏は」

 少し冷えたので、信忠は三郎を抱き寄せ、
薄手の掻巻を二人の腰に掛けた。

 「八万で足りぬとなれば十万以上は。
相手は女子供含め、十万は居る」

 過去に例を見ない織田軍総力あげての大戦(おおいくさ)となることは、
間違いなかった。
女子供といっても死ねば極楽という信条なのだから、
甘く見ることはできない。

 「織田家とは浅からぬ因縁のある服部家も、
一揆衆に付いておる。
今川義元を討ち果たした桶狭間合戦の際も、
服部友貞が今川方に与して(くみして)殿を苦しめた。
爾来、あの地では国境(くにざかい)を巡り、きな臭さが絶えぬ」

 「その最前線の城、二間城(ふたまじょう)には、
仙千代の父君が詰めているとか」

 「万見の父だけではない。
織田家の家臣が常時、数十人規模で入り、
地元土豪の城主を助け、軍勢も配備している」

 信忠が仙千代を名で呼ぶことはもうなかった。
同時、父の小姓に関しては、皆、姓で呼んでいて、
例えば竹丸も「長谷川」だった。

 「船をどれほど準備できるかにかかっておりましょうか。
第二次の長島では海上からの攻撃が能わず(あたわず)
苦戦になったと聞き及びます」

 「そこは今回ずいぶん調略が進んでおるらしい」

 「若殿も御出陣あそばれますね」

 「うむ。一軍を率いることになる。
多方面からの出撃となる故、初の大将務めだ」

 「私も付いてまいります。
船から落ちても川を渡っても、大丈夫でございます。
今はもう、あの金槌の私ではございません」

 「でなければ、とうてい、連れてはいけぬ。
長島は、川と海の要害じゃ」

 褥で向かい合いになって語り、
三郎の肩を撫で摩っているうち、ふたたび催してきた信忠は、
その手を猛りかけた陽根に誘った(いざなった)
三郎は信忠の敏感な箇所をもう覚えていて、
信忠もまた三郎が好む部分を知っている。
 互いに口を吸い合いながら局所を刺激し、
この後、今夜二度目をどうするか、
信忠は三郎の喘ぎを耳にしながら、考えた。

 

 






 
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