第317話 帰郷(5)
文字数 1,164文字
儀長城で中食 を馳走になった仙千代らは、
食後に出された桜茶を飲みながら、
暫し、談話を続けた。
城主、橋本道一の叔母は、
信長の諫死した傳役 、平手政秀の室 だった。
つまり道一は政秀の義理の甥ということであり、
信長の尾張統一の過程で討死を遂げた道一の父の存在を含め、
橋本家は信長にとり、特別な地位を占めていた。
家柄も、軍神 楠木正成直系に繋がる武闘の血筋で、
道一と弟の大膳共々、
武芸、戦略に長けていることが信長の好感を強めた。
とはいえ、常の道一は温厚な人物で、
戦場で目にする時の凄まじい気迫は、
とても想像がつかないような物柔らかな人柄だった。
仙千代が、一泊さえも、
ようやく信長の許可を得たのだという話から、
道一が続けた。
「上様の御寵愛を授かった御小姓衆は、
丹羽殿といい、前田殿といい、
譜代の臣下である我らさえ眩しく映るほどの出世を遂げておられる。
幼い頃より見知った御三人なればこそ、
申し上げておこうと思う。
この後も順を違えて昇進し、与力、奉行となって、
お仕えする道を歩む時、
妬み、嫉み を受け、嫌な思いをするであろう。
だが、地位は人を作る。
地位を手にしたことに感謝をし、ただ忠勤に励むことだ。
特に仙千代殿。
今の丹羽殿や前田殿に、
若かりし頃の上様の特別な寵愛故に云々と、
嫌味を言う者は居ない。
堀殿についても同様だ。
上様の御寵愛が深い故、
一時は面白くないことを言われるやもしれぬ。
気にせぬことだ。
高みに上がってしまえば下界の喧騒は耳に入らぬもの。
駄犬が鳴いても所詮、遠吠えだ」
確かに、
岐阜の家臣団屋敷地に小姓三人が邸を賜ったことで、
良くないことを言う者が居るというのは聴いていた。
また、信長は、
贔屓の上にも贔屓を重ねる仙千代を押し上げたいが為、
怜悧で鳴らす竹丸はともかく、
どちらかといえば能力よりも人柄に優れる勝九郎にも、
邸を与えたのだと噂されていた。
仙千代に勝九郎を組み合わせることは、
譜代の臣下の誇りを守り、
依怙贔屓に過ぎるのではないかという仙千代への嫉妬の眼を
逸らせる方便ではないかということなのだった。
それら、陰口めいた言葉を知っても、
日々の多忙な側近務めと、
新たに加わった家の経営が頭を占めていて、
仙千代が気に病むことはなかったが、
道一の語りには胸に留め置くべきものがあった。
上様の信が誰よりも厚い丹羽様といい、
柴田様の与力として活躍を見せる前田様といい、
やはり嫉妬を受けて不快な思いをされたことが、
過去にはおありだったのだろうか……
織田家内の人脈図、諸将の血筋や縁戚関係等、
一通り、頭に入っているつもりの仙千代も、
尾張の大虚け と呼ばれていた、
若かりし頃の信長や、
その寵童であった長秀、利家らについて、
断片的に聞き及ぶだけであり、
とりわけ、
周囲の人心の機微の委細に関しては、
寡聞にして知らないことがほとんどだった。
食後に出された桜茶を飲みながら、
暫し、談話を続けた。
城主、橋本道一の叔母は、
信長の諫死した
つまり道一は政秀の義理の甥ということであり、
信長の尾張統一の過程で討死を遂げた道一の父の存在を含め、
橋本家は信長にとり、特別な地位を占めていた。
家柄も、軍神 楠木正成直系に繋がる武闘の血筋で、
道一と弟の大膳共々、
武芸、戦略に長けていることが信長の好感を強めた。
とはいえ、常の道一は温厚な人物で、
戦場で目にする時の凄まじい気迫は、
とても想像がつかないような物柔らかな人柄だった。
仙千代が、一泊さえも、
ようやく信長の許可を得たのだという話から、
道一が続けた。
「上様の御寵愛を授かった御小姓衆は、
丹羽殿といい、前田殿といい、
譜代の臣下である我らさえ眩しく映るほどの出世を遂げておられる。
幼い頃より見知った御三人なればこそ、
申し上げておこうと思う。
この後も順を違えて昇進し、与力、奉行となって、
お仕えする道を歩む時、
妬み、
だが、地位は人を作る。
地位を手にしたことに感謝をし、ただ忠勤に励むことだ。
特に仙千代殿。
今の丹羽殿や前田殿に、
若かりし頃の上様の特別な寵愛故に云々と、
嫌味を言う者は居ない。
堀殿についても同様だ。
上様の御寵愛が深い故、
一時は面白くないことを言われるやもしれぬ。
気にせぬことだ。
高みに上がってしまえば下界の喧騒は耳に入らぬもの。
駄犬が鳴いても所詮、遠吠えだ」
確かに、
岐阜の家臣団屋敷地に小姓三人が邸を賜ったことで、
良くないことを言う者が居るというのは聴いていた。
また、信長は、
贔屓の上にも贔屓を重ねる仙千代を押し上げたいが為、
怜悧で鳴らす竹丸はともかく、
どちらかといえば能力よりも人柄に優れる勝九郎にも、
邸を与えたのだと噂されていた。
仙千代に勝九郎を組み合わせることは、
譜代の臣下の誇りを守り、
依怙贔屓に過ぎるのではないかという仙千代への嫉妬の眼を
逸らせる方便ではないかということなのだった。
それら、陰口めいた言葉を知っても、
日々の多忙な側近務めと、
新たに加わった家の経営が頭を占めていて、
仙千代が気に病むことはなかったが、
道一の語りには胸に留め置くべきものがあった。
上様の信が誰よりも厚い丹羽様といい、
柴田様の与力として活躍を見せる前田様といい、
やはり嫉妬を受けて不快な思いをされたことが、
過去にはおありだったのだろうか……
織田家内の人脈図、諸将の血筋や縁戚関係等、
一通り、頭に入っているつもりの仙千代も、
尾張の大
若かりし頃の信長や、
その寵童であった長秀、利家らについて、
断片的に聞き及ぶだけであり、
とりわけ、
周囲の人心の機微の委細に関しては、
寡聞にして知らないことがほとんどだった。