第252話 垂井の竹林(4)

文字数 940文字

 「あっ!殿!」

 と竹丸は、
仙千代がその背から降りる前に立ち上がり、
仙千代は地面に振り落とされた。

 「(いて)っ!」

 仙千代は地面に転がった。

 竹丸も竹丸で、
仙千代に転倒させられたので着物も顔も泥が付き、
二人揃って泥んこだった。
 雪が舞い、一部は融けて、地は濡れている。

 「他家の庭で何をしておる!」

 「絡まれておったのです、竹丸に」

 と、仙千代。

 「絡んでなどおりませぬ!」

 と、竹丸。

 「どちらでも良い!
恥と思わぬのか、その様を」

 二人は押し黙った。
確かに髪は乱れ、全身が泥まみれ。

 「理由は聞かぬ!
さっさと身を清め、部屋に籠っておれ!
何の騒ぎかと思えば、
子供でもせぬわ、左様なこと」

 「はっ!申し訳ございません!」

 「申し訳ございません!」

 信長は夕餉を済ませ、寝所へ向かう途中、
二人に行き会ったようだった。

 信長に付き従っていた館の主が、
(こうべ)を垂れている二人に、

 「直ちに湯を用意させまする」

 と告げると信長が、

 「心遣いは有り難い。
だが、その必要は無い。井戸水で結構」

 と放った。

 勝九郎が、

 「とっ、殿、畏れながら、雪が、」

 と、ふたたび舞い始めた雪を案じても、

 「たわけ!見れば分かる!」

 と勝九郎に怒鳴り、スタスタと行ってしまった。

 雪が落ちる伊吹おろしの夕闇の中、
二人は井戸端で髪の泥を落とし、
顔を洗い、身体を拭き、
新しく全身着換えたところで、着物も洗った。

 竹が気落ちしておる故、慰めておったはずが、
何故に斯様な目に遭っておるのか……

 仙千代は鼻水を垂らしつつ、考えあぐねる。

 「竹のせいで、儂まで」

 「仙千代が卑怯な真似をするからだ」

 「卑怯はそっちじゃ」

 そこへ、彦七郎、彦八郎が姿を見せた。

 「何だ、兄弟揃って」

 仙千代が仏頂面を見せると、

 「流石の殿もお怒りであったな」

 「屋敷の家人(けにん)が心配し、教えに来てくださったのだ、
何やら御小姓が騒いでいる、喧嘩ではないか、と」

 と兄弟が伝えた。

 「それが仙千代と竹丸であったから、
殿が直々お出ましになられたのだ。
殿ご本人が顔を出されてお叱りになるとは、
有り難いことぞ」

 「そうじゃ。他の者であったなら、
この寒中に殿がわざわざ遠回りしてあの場へは行かぬ。
明朝にでも確と(しかと)お詫びしておくことじゃ」

 仙千代も竹丸も、項垂れた(うなだれた)




 
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