第327話 帰郷(15)

文字数 1,643文字

 仙千代の養父(ちち)と、兄である伯父は、
名高い諸将や各国の大名を見てきた仙千代からすると、
共に野心の薄い男達に思われた。
 
 覇気がないわけではない。
伯父は万見の祖父とよく似て算術に才があり、
長島一向一揆征圧戦で勝利を収め、
長島の城を得て、
伊勢の経営再建に乗り出した滝川一益の援軍のような形で、
鯏浦(うぐいうら)から程近い長島城へ通い、
各方面の奉行の下に付いて財政に関わっていた。
 無論、戦となれば、
元服を済ませた息子達共々、
織田家の直臣として働いた。
 弟である仙千代の父は、
桶狭間の合戦で負傷した後、
数年は無理をおして出陣していたものの、
いよいよ傷が悪化して、臥せる日々があった。
 傷病を理由に無役であるとして、
禄の返上を申し出ようとしたところ、
親交があった儀長城主 橋本道一の口添えにより、
武器弾薬、兵糧管理を任されて、
一向宗に対峙する最前線であった二間城に詰め、
各地の城や砦との連絡調整を担った。
 昨年の長島での一揆勢討伐以降は、
信長の厚意により、療養に専念している。
 
 誰もが派手な武功をあげられるわけでなく、
誰もが信長の寵臣となるわけではない。
 資質、運、情勢、様々な要素が絡んで、
重臣 柴田勝家や新進 羽柴秀吉のような武将が生まれる。

 伯父や父と席を同じくしつつ、
仙千代は、
自分は果たしてどの道へ進んでいるのかと、
あらためて考えた。

 儀長城周辺の男児や若者が参集されて、
餅つき行事を手伝いに行き、
信長との出会いがそこにはあった。
 仙千代自身が選んだ道ではなかったが、
与えられた道程は、
前に進むことしかできないように定められていて、
定めを決めた主は信長だった。

 その道は、武家の男子に生まれたならば、
誰もが憧憬し、渇望する道で、
不服があるというのなら仙千代は、
家を出て、刀を置くしかないことだった。

 重勝は(なり)に合わせ、よく食う男で、
会話にほとんど加わらず、
黙食に徹しているようだった。
 何を敵愾心を抱くのか、
重勝が飯をおかわりすると、彦七郎も倣った(ならった)

 「彦七郎は確かに食が太いと記憶にあるが、
今日はまた一段と。朝餉を食べておらぬのか」

 という父の言葉に彦七郎は、

 「いえ、十分に食べてまいりました」

 と答え、ちらちらと重勝を盗み見る。

 「ふうむ」

 父は得心したか、しないのか、
彦七郎が重勝と同じだけ食べ終えるのを見届け、

 「源吾殿との競争は戦働きだけにしておくが良い。
一緒になって食しておったら、
たちまち胃の腑をこわしてしまうぞ」

 と、言った。

 「父上、老婆心ならぬ、老爺心ですか」

 仙千代が茶々を入れた。

 「そう、それだ」

 父子で笑い合っていると、
彦七郎が機嫌を悪くする真似をして、

 「競争など、しておりませぬ。
ええ、しておりませんとも」

 と、取って付けたように否定して口を尖らせた。

 重勝は一人、黙していたが、とある隙に、

 「失礼。座を外させていただきます。
直ぐに戻ってまいります」

 と言い、事実、早々に部屋へ戻った。
どうやら、厠へ行ったらしかった。

 親類縁者の長老達が重勝の行く末を決め、
掟に従うことが重勝の生きる道だった。
 仙千代と重勝は、
当たり前のように主従となった。

 「では、上様の御許可をまずは頂戴することだな。
報せを受ければ源吾を直ちに登城させる」

 伯父の言葉に仙千代、重勝は頷いた(うなづいた)

 そろそろ、帰還の時が迫っていた。
 
 出立前、彦七郎が用を足しに出た。
しばらくの後、戻った彦七郎は、
幾らか青ざめていて、
他の三人の目が逸れている隙に仙千代に耳打ちした。

 「殿も発つ前に厠へ行かれれば如何です?」

 「要らぬ世話じゃ。今は行きとうない」

 「しっ!もっと小声で」

 「何なのだ、いったい。
厠へ行くかどうかは儂が決める」

 「いえ、今、いらしてみてください。
後生ですから。彦七郎の頼みでござる」

 道中の距離を思い、
仙千代は彦七郎に応じる真似をした。

 「分かった。行っておくとする」

 「便室の方へ、必ず」

 妙な上にも妙な彦七郎に、
仙千代はもう問い返すことをせず、
手水場(ちょうずば)へ向かった。

 


 

 


 
 

 



 

 
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