第344話 熱田神宮(3)

文字数 1,145文字

 仙千代は、いったん竹丸は置いて、
兄小姓を宥め(なだめ)つつ引き返し、
神職を一人増やしてもらうよう社務に頼んだ。
 
 神宮側は流石に如才ないもので、

 「もちろんでございます。
左様なことでなければならぬと思い、
当方では三名の心積もりで準備しておりました」

 と、あっさり、纏めた(まとめた)

 帰り際、兄小姓は竹丸を、
鼻につく、傲岸であると、悪し様に言った。

 仙千代は同調した。

 「私とて、しょっちゅう竹には叱られて、
いつぞやは殴られたりもしたのです。
口も悪いが手も早く、
短気なところがあるのです」

 「むっ?仙千代が?竹丸に?殴られた?」

 「はい、頬が紫に腫れました。
あのように冷静ぶっているものの、
気に入らぬと言葉より先に手が出る質で、
一緒に居てもヒヤヒヤしておるのです」

 「いつも親しくしておろう。
それが腫れるほど殴られたと?」

 「それはもう派手にやられました」

 「煮ても焼いても食えぬ奴」

 仙千代は輪をかけた。

 「蒸しても漬けても不味そうな」

 「まったくだ。殴るまではするとは」

 亡き清三郎と二人、
先輩小姓達に厨房で意地悪く揶揄われ(からかわれ)
最初は辛抱していたはずが、
ついには手に取った大根で大立ち回りをして信長に叱られ、
部屋に下がった仙千代は、
竹丸に拳で顔面を張られた。
 その時は何故そのような真似をするかと、
骨まで達する激痛に涙さえ出たが、
城中で騒ぎを起こせば解職も有り得るのだという戒めの表れで、
竹丸なりの朋輩心だったのだと今では知れる。

 「竹丸は一人息子と聞く。
我慢や物言いを知らぬのはそのせいもあるか」

 己の不勉強を棚に上げ、
竹丸の境遇をあげつらうのは如何という気がしないでもないが、
竹丸の純な部分を解する者が多くはないことも、
一方の事実ではあった。

 「偶さか(たまさか)私は竹の幼馴染のようなもので、
足りぬところを大いに補ってもらいましたが、
でなければ、ほんに嫌な奴でござる」

 「うむ、嫌な奴だ。
(きじ)も鳴かずば撃たれまいとはこのことだ」

 雉の(ことわざ)は、

 「無用のことを言わなければ禍を招かずに済む」

 の意であって、この使い方は間違っていた。

 それを仙千代は、

 「分かります。
時には雉どころか毛虫のような男です」

 ようやく兄小姓は笑った。

 仙千代が竹丸を悪く言って、
竹丸の耳に入ろうとも、
竹丸が仙千代に悪心を抱くことは無いと仙千代は知っていた。

 「確かに言われてみれば、仙千代は、
何でもかんでも竹に教わって、
おんぶに抱っこだったな、本当に。
竹にも長所はあるか……」

 「おんぶに抱っこどころではござらん。
それだけは感謝しておるのです」

 「と言うと?」

 「おんぶに抱っこ、手を引いて、
挙句の果てに肩車」

 「最後は肩車!」

 兄小姓は、終いには、

 「儂も学んだ。御二人では足りぬ。
御三人でなければというのは正しい」

 と照れ笑いをした。


 
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