第191話 三人の月夜

文字数 1,295文字

 長島から帰った日の夜、宴の後、
すうすうという寝息をたてて熟睡している竹丸の傍で語らっていた
仙千代と三郎も竹丸を間にして、いつしか寝てしまっていた。

 やがて秋の夜風が肌寒く、
戸を閉めようと仙千代は身を起こし、
この夜はそのまま三人、川の字で眠ろうと、
竹丸の隣にふたたび横たわった。

 三郎が断続的に(いびき)をかいて、
寝ては起き、起きては寝てという時間が過ぎた。

 三郎を召し寄せた夜、
若殿はこの鼾を聴きながら休んでおられるのか……

 と、信忠の気持ちになってもみると、
心の広さに清々しいものを感じ、

 やはり若殿はいいな、若殿は良い……

 と、三郎の鼾に辟易しつつも、
信忠への憧れを新たにしてしまう。

 戸を閉めたので、部屋は暗闇だった。
衣擦れの音がして、気付くと、竹丸だった。

 「竹、具合が悪いのか」

 「いや……よく寝た。ここは……」

 「竹の寝所じゃ。
話しているうち、三郎共々、つい眠ってしまった」

 「大鼾で目が覚めた」

 竹丸が何かを探している。

 「水か?」

 「喉が渇いた」

 「持ってきてやろう」

 「うむ」

 竹筒に入れた水を持って戻り、
真っ暗では不便だと思い、僅かに隙間を空けると、
戸の向こうから月明かりがさっと射し、
竹丸の横顔が浮かび上がった。

 三郎の鼾が鳴ったり止んだり、
二人で笑った。

 「この鼾と共に一夜を過ごされるとは、
若殿は大人物(だいじんぶつ)じゃな」

 仙千代が思ったことと同じことを、
苦笑まじりに竹丸が言った。

 「竹を割ったような御人なのだ。
絵にしたように清廉な御人柄なのだ」

 日ごろ感じているままを口にしたに過ぎないが、
秘めた想いをあからさまにしてしまったような気がして、
仙千代は竹丸を覗き見るでもなく覗き見た。

 いつも通り、竹丸は涼し気な表情で、
ただ、水を飲んでいるばかりだった。

 「長谷川様は葉栗に明朝、帰還されるのだな」

 長谷川家の所領は木曽川の東、尾張の葉栗にあった。

 「うむ、父上の帰りを母上が待っておられる。
長島に三月(みつき)も行っておったのだ、
蓮の花が咲いていたのが、
いつの間にやら(すすき)の季節になってしまった。
気丈な母上も流石に寂しい思いをなさっておいでであろう」

 竹丸の父 長谷川与次は側室を持たず、
唯一の子が竹丸だった。
 ふと思い付いて仙千代は清三郎に尋ねた同じことを訊いた。

 「竹は誰ぞ、好いた女子(おなご)が葉栗にでも居ったのか?」

 「いや。好いた女子は居らぬ。今のところは」

 「清三郎はああ見えて、
清須で片恋の相手が居ったらしい」

 「片恋か。実らなかったのだな、その思いは」

 「でも若殿に巡り会って、大切にされ、
願いが叶って侍にもなり、幸せであった。
それは間違いない」

 「うむ。そうだな。まこと、その通りだ」

 竹丸が筒の水を飲み干した。

 「ああ、美味い水だった」

 三郎の鼾が大きくなって、仙千代が三郎の鼻をつまんだ。

 「わあ!」

 と驚いて三郎が跳ね起き、

 「何じゃ、誰がやった、せっかく寝ておったに」

 と二人を見るので、
仙千代は竹丸を、竹丸は仙千代を指した。
 三郎が怒る真似をしたので、仙千代と竹丸は笑った。

 やがて、今後の戦況、
軍団組織や城内の様々な話となって、
いつしか、互いの将来の夢を語っていた。




 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み