第131話 甲冑商 玉越(1)

文字数 905文字

 清三郎を失った信忠は、
夕刻ながら同日中に清須へ使いを出した。

 翌早朝、
清三郎の父と兄二人が二間城へやって来て、
信忠直々に清三郎の最期を知らされ、
三人は形見として瓢箪を受け取った。

 「岐阜の城には清三郎の遺品がまだ残されている。
後日、ふたたび招く故、
その際は、清三郎を偲び、酒を酌み交わそうぞ……」

 「もったいなくも有り難き御言葉。
御厚情、身に染みましてございます」

 使者より前以て事情を聞き知り既に覚悟があったものか、
三人は唇を固く引き締めていた。

 清三郎の死を告げる信忠の声の方が震えていた。

 武芸を好み、熱心に修練を積んでいた清三郎が、
豪雨の中、奇襲に遭い、
弓を受け、落馬し、泥濘(ぬかるみ)に足を取られ、
為す術もなく、気付けば流され、命を終えた。

 清三郎……儂が死なせた……この儂が……
儂が召し寄せなければ……

 清三郎を思えば、いつでも泣けた。
独りになれば、昨日から、常に泣いていた。
清三郎を哀れでならず、哀れに思えば、
すべて己のせいだと信忠は自分を責めた。

 清三郎が何故、瓢箪を遺したか、
清三郎の死を見届けた三郎が語った。

 「一揆衆を打ち返し、皆で互いの確認をする中、
清三郎殿の姿が見えず、探しました。
葦の陰に瓢箪が見え、川水が赤く染まっておりました。
見付けた清三郎殿は首が弓で貫かれておりました。
息絶えておりました。顔は白く、虚空を見て……」

 最期を見届けた責任を果たそうとする三郎は、
時折言葉を詰まらせながら涙を堪え、語った。

 「連れ帰ろうと肩に手をかけた時、
するっと瓢箪だけ手元に残り……
まるで、これを持っていけと言わんばかりに。
同時に清三郎は鉄砲水で流されてゆき……。
大瓢箪で私は救われたのです。
瓢箪にしがみつき、浅瀬にたどり着き……。
(せい)のお蔭なのです、私が生きているのは……」

 誰のせいでもなく清三郎は死んだと言い切った三郎だったが、
やはり泣き通していたのか、瞼が腫れている。

 「存分に働かせてやりたかった。せめて戦で……」

 己の弱さが表になっても構わないと思い、
信忠は呟いた。

 「三方ヶ原で散った兄君、三十郎殿のように……」

 信忠の心情の吐露に堪えかねたのか、
ここで初めて、玉越家当主が涙を流した。




 
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